砲声は未だ鳴りやまず 

スキットル

現代編

現代の世界から~北アジア共和国建国史~

 かつてアメリカ号という船が発見したことからアメリカ湾と呼ばれる湾に位置するアメリカーンカは、今やナホトカと改名され世界から広く認められたわけではないこの国、北アジア共和国の首都だ。


 大日本帝国をはじめとする東亜協同体にとってこの国は異端だ。何しろかつての"移民"である旧アルゼンチン系住民たちが建国した国だからであり、その経緯もあって特に清国は未だにこの国を国家としては承認していない。


 西はハンガイ山脈以東の旧モンゴルから東はインディギルカ川—かつての国境であったエニセイ川とともにシべリアにおいて現在でも北極海に流れ込む数少ない河川だ—までを支配する北アジア共和国だが、時折流れてくるプロパガンダあるいは欧州人の多くが持つ幻想のように旧アルゼンチン系住民のみが暮らしているわけではない。故郷を奪われたヤクートやエヴェンキといったアジア系住民も暮らしている。


 北アジア共和国の建国にはかつての同盟国であったアメリカの混乱が深く関係していた。満蒙戦争後の極東臨時政府はエルネスト-ゲバラ首相の下でアメリカ企業を受け入れた経済復興に力を入れていたが、一方で理想主義者でもあったゲバラ首相は自らの出身母体であったアルゼンチン系以外にも建前の上ではともかく事実上の二級市民として扱われていたアジア系にも政治的、経済的な機会を数多く提供することにより極東をより豊かにしようとしたが、そうした政策はかつての支配層だったロシア系やウクライナ系の反発を招き、ゲバラ政権に反抗する地下組織が結成されるのも無理はなかった。


 そうした地下組織はかつての敵国であり戦後の混乱—その原因は皮肉なことにかつての旧極東による報復攻撃だった—を乗り越える中でかつてのユーラシア主義と決別したロシア軍閥たちの連合組織であるロシア暫定政府からの支援を受けていた。そしてアメリカの混乱、特にワシントンでの惨事から始まった一連の事象に世界が衝撃を受けていた1985年7月26日、ゲバラ暗殺計画はひっそりと実行に移され、成功した。


 最大の庇護者である在極東アメリカ軍が祖国の混乱と数日前より始まった清国陸海空三軍の史上最大規模の国境付近での軍事演習によって忙殺され動けない中、1985年8月4日、ロシア系およびウクライナ系部隊が反乱を開始した。この反乱に際して極東政府が共に戦うように在極東アメリカ軍に要請したのに対してロシア系およびウクライナ系部隊が樹立した極東緊急政府は本国への安全かつ速やかな送還を条件に在極東アメリカ軍に中立を保つように交渉を持ち掛けた。動揺が広がる中で在極東アメリカ軍が選んだのは後者だった。


 こうして、在極東アメリカ軍の庇護を失った極東政府はすぐにでも滅亡するかと思われたが、それまで国境にて大演習を行なっていた清国軍部隊が突然、撤退を開始し、さらに大日本帝国をはじめとする清国以外の国家がアメリカ軍の撤退を条件とする"人道的援助"を申し出てきたことにより状況は一変した。この突然の変心の背景には当時、ロシア暫定政府とアジア各国の間で行なわれていた秘密交渉が決裂したことが背景にあるのではないかとされている。


 当時、ロシア暫定政府は極東の処遇についてアジア各国との間で協議を重ねていたが、清国が旧領奪還のためロシアとの極東の分割について乗り気だったのに対し、同じく極東と国境を接する大日本帝国と朝鮮王国は旧アルゼンチン系の難民問題化を嫌がり反対姿勢を貫き、そうこうしているうちに軍閥の寄り合い所帯だったロシア暫定政府の側がシベリアのみならず工業地帯などが存在しており極東の中でも比較的豊かな地域だったマンチュリアの併合論も主張し始めたために交渉が決裂したのだ、とまことしやかに囁かれている。


 だが、とにかくそれ以降、反乱軍が圧倒的優位という状況が大きく変わったのは事実であり、1985年10月1日には停戦が成立した。結果的にエニセイ川以東の広大な領土のうち上述の領土以外は失ったが、滅亡よりははるかに良い結果を極東政府は勝ち取った。その後、極東政府は正式に極東緊急政府を併合したロシア暫定政府の脅威に対抗するべくアジア各国との友好関係の構築と過去の清算に躍起になった。


 国号を北アジア共和国に改め、旧極東時代から一貫して拒否し続けてきた曲阜への大戦中の攻撃に関しての謝罪と賠償を行なうなど前向きな姿勢を示しているが、一方で東亜協同体への加盟は清国の反対によって拒否され、ロシア暫定政府とは停戦以降、国境紛争が起こらなかった年が一度もないほどの極度の緊張状態にあり先行きは不透明だ。


 だが、それでもその存在はすでに多くの人々にとって当たり前のものとなりつつあるのだ。


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