テクネイト衰亡史<9>

1979年8月2日 アメリカ合衆国 ワシントンD.C ホワイトハウス


「つまり、この爆弾は中性子線とやらで主に敵兵を殺傷するもので、かつてのロシア人たちが使ったものとは違うということかね」

「彼らは爆弾としての破壊力を追及していましたが、我々のアプローチは違います。敵を殺しインフラなどは残すのです。もちろん爆心地などではそうはいかないでしょうがそれでもロシア人よりかは効率的なはずです」

「例の…ポーツマスで結ばれた核分裂及び核融合を利用した兵器に関する国際条約に違反するんじゃないかね」

「それについては問題ないかと。第二次世界大戦での戦訓から領域拒否のための放射線兵器については一部の批判を除けば各国は肯定的ですから、この兵器も放射線兵器の一種だと言い張ることもできます。現に東インド諸島、マラヤ、旧ロシア、スーダン、タンガニーカ…使用例は数多くありますし、それに去年も我が同盟国であるリベリアとフランスが国境でばら撒きあったばかりです」

「ああ、そうだったな。よしやってくれ」

「はい。大統領閣下」


 科学者たちの説明を聞いていた大統領ヘンリー-マーティン-ジャクソンはこの日、中性子爆弾として知られることになる新兵器の開発を許可した。研究開発ののち完成した爆弾はユタ州、トゥーイル郡の生物兵器や化学兵器の試験で知られるダグウェイ試験場に持ち込まれて試験が行なわれた。この試験では当時注目が集まっていた無人機の電子機器に対しても効果があると認められ、さらに実用化に向けて動きが加速することになる。その後、最後まで抵抗をあきらめなかったカナダ抵抗勢力に対して実戦使用された。


 この兵器に対してはイギリスが各国を巻き込んで抗議を行なおうとしたが、このころになると宇宙進出において独走を続けすぎていたイギリスに対する不満は強く、特に宇宙太陽光発電によって自らが苦労して作り上げた石油利権を脅かされようとしていたフランス共和国はイギリスに対抗して、アメリカを猛烈に支持した結果失敗した。


 こうしてアメリカが生み出した革新的兵器を開発しようと各国が研究を重ねる中、世界は再び衝撃を受けた。アメリカが情報分野での出遅れを取り戻すべく、ジャクソン政権誕生直後から膨大な資金を投入していた革新的なハイパーテキストであるザナドゥ計画が完成間近となったという発表がなされたのだった。さらに、それに続いてイギリスにおされていた宇宙分野でも恒久的な月基地等を含む大規模な開発計画の実施をアメリカ国民に向けてアピールし、こうしたそれまでの停滞を吹き飛ばすかのような前進にアメリカ国民は熱狂し、世界各国においても『21世紀はアメリカの世紀になるのではないか』と言われるほどだった。


 国外においてもかつて満蒙戦争の舞台となった旧極東の大地は敵であった日清両国がその後、両国の移民が多く存在していた東インドに対して軍事介入に転じたことにより脅威がなくなったため現在では満蒙戦争で頭角を現した指導者であるアルゼンチン系のエルネスト-ゲバラ首相の極東暫定政府によってアメリカ企業を受け入れた復興政策が続いていたし、同じく友好国であるオーストラリア連邦でもハロルド-エドワード-ホルト首相による超長期政権、リーフ共和国でのベルベル民族主義に基づいた安定した近代化など勢力圏各国で平和な状態が続いていた。


 唯一の例外は黒人解放を掲げて周辺地域相手に遠征と停戦を繰り返していたリベリア共和国だったが、それでさえも軍事技術の進歩という意味ではプラスとなったし、加えて勢力圏の中でも随一を誇るその人口は将来的な消費市場としての価値を大いに高めることに繋がった。


 こうして順風満帆だったアメリカだったが、その繁栄は突然崩壊し始めた。崩壊のきっかけは大統領であったジャクソンの急死を切っ掛けに始まった政治的危機だった。

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