テクネイト衰亡史<6>
大日本帝国がアメリカ合衆国に対して宣戦を布告したことは、アメリカ政府においてはさほど大きく注目されなかった。むしろこれでサハリン、クリルのみならずホッカイドウまで制圧できるかもしれないと喜んだ。一方で何としても翌64年までに戦争を終わらせたいフォレスタル政権にとって、さらに戦争を長引かせる気は毛頭なかった。
そこで着手したのが原子兵器の開発であり、動力としてはともかく兵器としての利用は"公には"禁止されていたため、ロシア帝国以外は実戦使用したことのない原子兵器を投入することで膠着した戦局を打開し、安全保障を盤石なものにすることができると考えられ、仮に不完全なものであったとしても放射線をまき散らし、その対象を汚染できるのは第二次世界大戦時の社会主義ドイツのスイス攻撃でわかっていたため効果的だと思われた。
だが、この決定が最終的にフォレスタル政権を崩壊へと導くことになる。
フォレスタル政権の決定に最も激怒したのはイギリスだった。社会主義ドイツに対する自らが行なった化学戦の恐怖と戦後の宇宙開発の進展の結果として月着陸こそアメリカに先を越されたものの、イギリス政府、ゆくゆくはできる限りの国民の軌道上への避難計画を極秘に構想してきたイギリスだったが、ここにきて一つの障害に突き当たっていた。
それはそれまでの宇宙計画の大前提とされてきた形質獲得による進化とその結果として宇宙空間への適合はできないという報告だった。かつて、ダーウィニズム的、遺伝学的進化を社会主義勢力が称揚したことに対抗して、形質獲得説を政治的理由から後押しし続けた弊害がよりにもよって一番大事な計画を阻害することにつながったのだった。
こうして、早期の軌道脱出よりも原子兵器の開発の方が早いのは間違いないだろうとの報告を受けたイギリス首相オズワルド-エーナルド-モズレーはすぐに破壊工作を命じ、1964年5月22日、カナダ人抵抗組織とイギリス諜報部はイリノイ州シカゴ郊外にあった原子兵器製造施設である"パイル-ワン"を破壊した。この破壊があっけなく成功したのはアメリカの誇る諜報機関の一つであるFBIが愛国党からの政権交代に伴い職員の多くが解雇あるいは訴追されていたために破壊計画を察知できなかったためだった。そればかりかそれがイギリスの仕業であるということすらもわからなかった。
この結果、五大湖、特にミシガン湖近辺は重度の放射能に汚染され、そのショックはすでに限界に近かったフォレスタルの精神に多大な負荷をかけることになり、ついにそのまま帰らぬ人となってしまった。そして、フォレスタルに代わり、副大統領を務めていたホレス-ジェレマイア-ヴォーリスが昇格し、新たに誕生したヴォーリス政権が大清帝国と大日本帝国に対してイギリスの仲介によって和平を申し出ることになる。
日清両国はこれに反発したものの、特に北平軍閥と中央政府との関係が悪化しきっていたこともあり余力のない清国は及び腰であり、結局、ワイト島のオズボーンハウスで行なわれた会議では休戦協定という形で戦前の国境線復帰が決められ、1964年10月27日に事実上の日清の敗戦という形で満蒙戦争は幕を閉じた。この結果は誕生したばかりのヴォーリス政権にとって追い風であり、"原子炉の悲劇的な事故"という惨劇の中にあって僅差ながらも国民党を勝利に導く結果となった。
こうして満蒙戦争は終わり、それは参戦した各国に大きな影響を与えた。興味深いのは日本と清国、そしてアメリカにおいても政治的混乱と欧州諸国への不信感がついに自らの側で参戦しなかったことにより強くなった点だろうが、それでも各国が手を取り合うことは決してなく、それぞれ独自の道を歩んでいくことになる。
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