テクネイト衰亡史<4>

1962年10月9日 アメリカ合衆国 アラスカ自治連邦区コモンウェルスポート-スコット

 トンプソン岬を大規模な土木工事によって浚渫して港湾に改修したポート-スコットにはこの日、大規模な輸送船団が集結していた。大清帝国の奇襲攻撃を受けたアメリカ合衆国の判断は素早いものだった。


 断固たる反撃。それがアメリカの決断だった。そもそも、アメリカとしては満州及びモンゴル地域を譲り渡したつもりなど微塵もなかったので当然だったが、一方で懸念点もあった。清国の東に位置する大日本帝国が第二次世界大戦のときのように潜水艦を利用した通商破壊などを仕掛けてくると考えられており、その対策も万全だった。防潜網などの古典的なものから、最新のものまでさまざまなものがあったが、中でも際物だったのがとある航空機だった。


「これで海に潜るって、正気じゃないよなぁ…」


 新機体である潜水水上機の搭乗員であるジミー-カーター少佐の表情は暗かった。もともとアメリカ海軍では珍しい潜水艦乗りだったカーターはその経験からか、この珍妙な機体の搭乗員に選ばれた。


 全翼機のような奇抜な機体を作ったかと思えば、輸出用戦闘機の傑作として知られるファングシリーズのようなまともな機体も作るヒューズ-アヴィエーションズ-カンパニーが作り出した新鋭機、それは敵潜水艦を発見するや水中に降下して電気推進に切り替えて敵潜水艦と水中で交戦するというもので、とてもまともな機体とは思えないものだったが、最初に提案された陸軍航空隊はこれを歓迎した。第二次世界大戦中に日本海軍の潜水艦によって、陸軍の将兵が海に沈むさまを見ていることしかできなかった陸軍は自前での潜水艦狩りができる装備を欲しがっていたからだった。だが、それを知った海軍は陸軍の"潜水艦"装備について異議を唱え結果として海軍へと移管された機体をカーターが操縦しているのだった。


「とはいえこんな"紛争"すぐ終わるんだろうし、そうなったらずっとこれに乗るのか…早く新しい機体になるといいんだけどな」


 カーターの願望は半分正解であり、半分間違いだった。潜水水上機についてはやはりというべきか事故が頻発したため、新機体へと更新されることになる一方でカーターの言うところの"紛争"はまだ始まったばかりだった。


 平和部隊の主力を担っていた海軍及び海兵隊は奇襲攻撃を受けて臨戦態勢に突入しており、さらに現地の人々は清国人の追放後に入植したものであるためアメリカに対して好意的であり、彼らによるゲリラ的な抵抗活動と協力姿勢は多くの点でアメリカを助けた。


 こうした現地人の存在が最も大きな影響を与えたのは戦場から遠く離れた後方においてであり、形を大きく変えてはいてもいまだに開拓者精神を忘れてはいなかったアメリカ人たちは、"野蛮人に襲われたかわいそうな開拓者"を救えと熱狂し、徴兵カードを掲げた若者たちが誇らしげに練り歩く様子はアメリカ各地で見られた。


 さらにそうしたアメリカのプロパガンダを真に受けた欧州諸国では"北方人種の家"を掲げるノルウェー王国及びスウェーデン王国こそ"アジア人の蛮行"を声高に非難したが、それを除けば各国政府は概ね冷静に対応したものの草の根的な反戦、反アジア的な運動は盛り上がりを見せ、各国ではデモなどの対応におわれることになった。


 一方で欧州諸国は形骸化しつつも大協商という枠組みが残存していたにも拘らず参戦しようとはしなかった。これは、次世代の戦略兵器と考えられていた原子兵器の開発停止と引き換えにフォレスタル政権が持ち掛けた取引の結果だった。これを受けた大日本帝国、大清帝国では欧州諸国に対する不信感が増大していったが、それを気にするものはまだ欧州諸国には多くはなかった。

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