テクネイト衰亡史<2>
1960年12月12日 アメリカ合衆国 ワシントンD.C メイフラワーホテル
「どうしてだ。わ、私はただの副大統領なんだぞ…」
ワシントンD.Cでも最高級のホテルの一室で頭を抱える一人の男がいた。彼の名はジェームズ-フォレスタル。アメリカ合衆国次期副大統領だったはずの男だった。ついひと月ほど前の大統領選挙にてレスター-キャラハン-ハント-シニアと共に勝利した男であり、そのまま行けば副大統領としてつつがなくその職を終えるものだと思われた。
だが、その展望はあっけなく崩れ去った。レスター-キャラハン-ハント-シニアやそのスタッフ(これは選挙スタッフだけでなく各政策分野も含む)たちが乗った航空機が管制官の管制ミスにより他の機体と空中衝突し、その全員が死亡するという異常事態が発生したからだ。
こうして繰上りで大統領となることが確定こそしたが、頼れるスタッフたちの死の影響は致命的だった。特に国内政策の面では目玉であったテクノクラシー体制の廃止など、プロであるスタッフたちの存在なくして不可能だった。何しろ国民党内部ですらその後は統制的な資本主義体制への緩やかな移行をするのか、あるいはさらにさかのぼった自由な資本主義経済に回帰するのかという根本的な部分すらすり合わせが終わらない内でのこの惨事だった。さらに問題なのは国民党の勝利は基本的に国内政策を重視したためであって、対外政策については基本的に無策だった。大西洋、太平洋と南米で続く緊張状態をどう捌くのか、ユーラシア大陸北東部で生じた"空白"をどうするのか、そして何よりも大事なのがカナダでの抵抗運動に対してどう対処するのかなどとにかく問題は山積みだった。
一方で希望も少しはあった。不意に始まった限定核戦争によるロシア帝国と極東社会主義共和国両国の消滅は必然的に大英帝国をはじめとした列強諸国に融和政策を決意させた。それは大戦中の奇襲攻撃以来合衆国を恨みぬいているはずの大日本帝国すらそうだった。日本本土攻撃に従軍した経験のあるフォレスタルとしては複雑な気分だったが、それが安定につながるのなら躊躇う理由はなかった。
考えに耽っていたフォレスタルの部屋がノックされたのはその時だった。何事もなかったかのように平静を装ったフォレスタルが入るように促すと秘書が2人の男を連れてきていた。
「大統領この度は…」
「ああ、いいんだ。ハルデマン君。それからそちらが…」
「ニューヨーク大学で教鞭をとっています。ジェームズ-バーナムといいます」
入室してきたジョシュア-ノーマン-ハルデマンとジェームズ-バーナムはもとは熱心な愛国党支持者でテクノクラシー経済の支持者でもあったという点で異質だった。そんな人間がなぜ国民党にいるのかといえば彼らは社会全体の統制を望むテクノクラシー運動の中心人物で愛国党の歴代政権の内部で経済体制の設計者として権勢を振るう強硬なハワード-スコットではなく、あくまで経済分野のみでの統制を望んでいた穏健派であるウォルター-ラウテンシュワブの派閥に属していたがその影響力は小さく、ラウテンシュワブが10年ほど前に死ぬと半ば追放されるように追い出された結果だった。
「しかし、大統領我々を呼んだということは…」
「…そうだ。少なくとも私の政権の続く限りにおいてテクノクラシー体制は継続させる」
「それは…よろしいのですか?支持者を裏切ることと同義では?」
「仕方がない。私もいろいろ考えたがね。やはりすぐの資本主義への移行は無理だ。どのみち国民にしても我々を選んだのは愛国党政権に対する怒りだからな。彼らの生活さえきちんと保障すれば何とかなるだろう。それにいくつかの公約は果たすさ。スコット氏がやたらとこだわっていたカナダ占領地域から合衆国本土へとつながる大規模な運河およびダムの建設停止、同じく肝いりの電子産業への補助金の削減。莫大な軍事費や宇宙計画に対する予算の削減もそうだし、それから愛国党政権下において"不当な"扱いを受けた人々の名誉回復と癒着した企業との不正の追求とかはきちんとやるさ。ああ、もちろんカナディアンとの対話もね」
不安を隠すためにわざと長々と話してからフォレスタルは笑った。本人としては満面の笑みを浮かべたつもりだったが、ハルデマンとバーナムからするとその笑みはどこかぎこちないものだった。
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