最終話 執行報告、その後―。
午後1時15分。
北条清志は、執務室の椅子に深く腰を下ろしていた。
モニターの前に座り、静かにキーボードを打つ。
報告書は、所定の書式に則って淡々と綴られていく。
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【代理自殺制度:執行報告】
執行日:7月15日
担当医師:北条清志
【代理者】
氏名:岸野ひまり(17)
状況:制度通りの手続きに基づき、静脈注射にて死亡確認。死亡時刻は10:07。
特記事項なし。搬出処理済。
【申請者】
氏名:佐原あいな(17)
状況:代理者の死亡確認後、感情動揺状態に陥り、トイレ個室にて自傷行為を行う。
発見時すでに意識不明。救急搬送後、入院。
経過観察を行う。
【総評】
本申請は形式・内容ともに正当であり、制度運用に支障はない。
申請者および代理者双方の意思は一貫しており、執行時点で撤回なし。
今後、同年代間での相互死契約が増加傾向にある点について、別途分析を要す。
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それは完璧な報告書だった。
どこにも破綻はない。虚偽はあるが、矛盾はない。
ウィンドウを閉じるとき、北条はふと視線を逸らした。
デスクの右端に、小さなフォトフレーム。
それは、彼が唯一捨てられなかったもの。
過去に制度で亡くなった恋人――彩音の笑顔が、そこにあった。
「……今回は救えたかな」
自分に言い聞かせるように、つぶやいた。
***
それから数週間。
海沿いの小さな町――。
三咲結花は、日雇いの清掃業をしながら、
小さなアパートの一室で、静かに暮らしていた。
名も知らない土地。誰も自分を知らない町。
夜になると、窓の外の波音だけが友達だった。
だけど――
それでも、生きていた。
心臓は動いていた。
朝が来て、眠って、また朝が来て。
ときおり、
彼女の笑顔を思い出す。
プリクラ、アイス、白いシーツの温もり。
手を握って、笑って、泣いて。
あの夜の記憶だけが、彼女の“居場所”だった。
彼女は、日記帳の最初のページに、こう書いた。
「わたしは、死にました。
だけど、生きています。
またあなたに会う日まで、
私は、生き続けます。」
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