架空仮面
私は、何度も名前を変え、性別を変え、見た目を変えてきた。
理由はその時々で違った。
飽きたから、嫌になった、
あるいは、どこかの誰かになってみたかっただけかもしれない。
男の姿のときは、強く、頼れる存在として振る舞った。
「カッコいい」と言われたい自分がいたから。
女の姿のときは、柔らかく、愛される存在でいたかった。
「可愛い」と思われたかったから。
時には冷たく、時には優しく、駆け引きの上手そうな人を演じた。
演じているうちに、それが自分だったような気さえしてきた。
けれど、いくつもの名前を渡り歩き、いくつもの人格を纏ってきた私は、演じるたびに自分の輪郭が曖昧になっていった。
ふと、思った。
——どれが「本当の自分」だったのだろう?
私は、私でありながら、私ではなかった。
いや、そもそも「本当の自分」とは、何なのか?
望む人物像がある人もいる。
誰かに憧れ、その背中を追いかけるように変わっていく人もいる。
逆に、「素のままでいたい」と願う人もいる。
「素の自分でいたい」と言う人たちの言葉を聞くと、胸のどこかでざわつくものがあった。
「素」とは何だ?
誰とも話さず、誰の期待にも触れずに存在している私が、本物なのか?
どこにいるのか、誰といるのか、何をしているのか、
環境が変われば、態度も変わる。
無意識に「求められる自分」になろうとしてしまう。
母親の前では優しい子を演じ、職場では気の利く同僚を装い、
SNSでは賢い自分、寂しがりの自分、快楽的な自分……。
本当の私は、いったい、どれなのだろう。
そんなことを考えながら、私は今日もまた一つ、
偽りの名前で、新しいサービスにログインする。
それが“嘘”だと分かっていても、
それが“私”でないと知っていても、
ログインして、誰かの期待に応えるように、誰かを騙すように、
私は“誰か”になろうとする。
その先に何があるのかも分からずに。
ログイン画面に、新しい名前を打ち込む手を止めた。
誰かを騙すためなのか?
演じてきたあの数々の“誰か”は。
いや、違う。
ただ、そうなりたかった。
そう“見られたかった”だけだ。
だったらそれは、自分の願望か?
それとも理想?
いや、まさか、——思い込み?
「こう見られたら嬉しい」という願望と、
「こう見られなければならない」という強迫と、
「本当はそうじゃない」という自己否定が
頭の中で重なり合って、見分けがつかない。
私は、自分自身に騙されていたのかもしれない。
いや、そうじゃない。
全ての行動が、出来事が、出会いが、私を”作っている”。
全てが、私なのだ。
【短編集】揺感情 AIRO @airo210
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