メビウスの帯
sorarion914
国道にて……
「今日はもうダメかな……」
土曜日の深夜。
国道を市街地に向けて走りながら、
日付が変わる直前に、客を1人乗せて目的地まで送り届け、もう少し流そうかと粘ってみたが、どうも今日は客の入りが悪い。
もう一度駅前のロータリーに戻って客待ちしようかどうしようか――
谷津がそう思案していると、前方でこちらに向かって手を上げている女性がいることに気がついた。
深夜の国道沿い。
周辺に店はなく、住宅地もない。
駅からはかなり距離がある場所だった。
(こんな所で?)
その女性は小さな赤い鞄1つ持ったまま、谷津の方に向かって手を振っていた。
谷津はハザードを付けて路肩に寄ると、後部座席のドアを開けた。
「乗りますか?」
「お願いできます?」
女性はそう言うと、微笑みながらシートに座った。
70代くらいの、品の良い老女だった。
細かい花柄模様が入った紺色のワンピースに、白っぽい帽子を被り、手にしている鞄もよく見れば高級ブランドだ。
季節は初秋だが、女性はワンピースの上に帽子と同じ白いカーディガンを羽織っていた。
「どちらまで?」
「しらゆり台までお願いします。しらゆり台3丁目――」
女性の言う住所をナビに打ち込んで、谷津は静かに車を出した。
指定された住所は高台にある古い住宅地で、高級住宅地としても有名な場所だった。
1丁目から3丁目まであるが、3丁目付近は特に大きな家が多い。
谷津は、さり気なくミラーで客の女性を見た。
(良い所の奥様かな?)
上品な佇まいに、谷津はそう感じた。
あんな何もない国道沿いでタクシーを拾うとは思えない雰囲気だが――
付近には墓地もないし、幽霊ではないだろう……とアホなことを思って、谷津は心の中で苦笑した。
タクシー乗務員になってそろそろ4年になるが、ヒトコワの経験はあっても霊的な恐怖体験はしたことがない。
しかし、この道10年以上のベテランからは、その手の話は色々と聞いている。
深夜に乗せた客を指定場所まで連れて行ったが、降ろそうと思って振り返ったら姿がなく、車内カメラを確認したら乗せたはずの客が映っていなかった――とか。
乗せた客が財布を持っておらず、家の前で待っていたが待てど暮らせど出てこないので、しびれを切らしてチャイムを押したが応答がない。
仕方ないので玄関を開けてみたら、ひと気もなく様子がおかしい。
しかも異臭がする。警察呼んで調べてみたら人が死んでいて、それが自分が乗せた客だった――などなど。
本当かよ?と、谷津は半信半疑だったが――
今乗せてる客はどう見ても幽霊ではなさそうだし、しらゆり台は古い住宅地だが幽霊が出るという噂は聞いたことがない。
谷津は、客から話しかけられない限り自分から進んで話すことはしない。
女性も特に話すことがないのか窓の外をじっと眺めていた。
車内では無言のまま、車は目的地に到着した。
住所の家は案の定大きくて、周囲をぐるりと高い塀に囲まれた豪邸だった。
車庫にはシャッターが下りていたが、中にはきっと高級車が止めてあるだろう。
わざわざタクシーを拾わなくとも、連絡をすれば迎えに来てくれそうな気もするが……
「3500円になります」
女性はお金を払うと、「ありがとう」と頭を下げてタクシーを降りた。
そして家の門を開けると中に入っていく。
「やれやれ……今日はもう上がるかな」
谷津はそう呟いて再び国道に出ると、営業所に向かって車を走らせた。
深夜の国道を再び走っていると、先程の女性客を乗せた場所で男が1人手をあげていた。
(ん?)
デジャヴのような感覚に一瞬首を捻ったが、谷津はハザードを付けて路肩に寄せた。
「乗車ですか?」
「ええ。お願いします」
仕事帰りという雰囲気だった。
紺色のスーツにグレーのビジネスバッグ。赤いネクタイ。さり気なく付けているネクタイピンには宝石が光って見える。
年は30代か40代。仕事のできる営業マンといった風貌だ。
「どちらまで?」
「しらゆり台3丁目――」
「え?」
住所を聞いて谷津は驚いた。
「先程、同じ住所に女性客を乗せていったんですが」
「あぁ、ひょっとしたら母かもしれません」
男はそう言うと、苦笑いを浮かべた。
「待ち合わせ場所で行き違ってしまったみたいで。そうですか。先に帰りましたか」
「あぁ、なるほど。ほんの少し前でしたよ。一緒に乗っていけたらよかったのに」
「ですよね」
男がそう言って笑うので、谷津も笑って車を走らせた。
車内ではそれ以上会話をすることはなく目的地に到着すると、男は3500円を払って降りて行った。
親子で同じ目的地なのに、別々に乗って7000円も払うなんて――
(まぁ俺としちゃあ売り上げになるから別にいいけど)
こんな高級住宅地に住んでいるのだ。
タクシー代なんて大して痛くもなかろう……そんな事を思いながら、谷津は再度国道に向けて車を走らせた。
偶然とはいえ、こんなこともあるんだなぁ~と。
この時は軽く考えていたのだが――
時刻はすでに午前2時を回っていた。
(さすがにもう、こんな場所でタクシーを拾うヤツはいないだろう……)
そう思いつつ、2人の乗客を拾った地点に差し掛かった時だった。
谷津は思わず我が目を疑った。
――人が立っている。
そして、こっちに向かって手をあげていた。
(まさか……)
ギョッとなると同時に、変な動悸がしてきた。
そのまま見なかったことにしてやり過ごそう――そう思いメーターに手をかける。
回送に切り替えて無視しようと思ったが、手をあげているのが若い女性で、しかもその手には赤ん坊を抱いていることに気づいて躊躇った。
(子連れがこんな時間に?)
しかし、近くに救急指定の病院があったことを思い出して、谷津は車を寄せた。
稀に、夜間救急で運ばれた人に呼ばれて行くことがある。
救急車で運ばれたはいいが、大事には至らず帰宅を促され、足がないのでタクシーを使う――というパターンだ。
もっとも、その場合は病院で乗車させる事になる。
こんな場所で拾われたことはない――
(ひょっとして、さっきの親子も病院で待ち合わせして行き違ったのかな?)
ハザードを出して止まる車に、若い女性が言った。
「いいですか?乗っても?」
「いいですけど……お子さん、大丈夫ですか?」
「寝ているだけなんで」
若い女性はそう言って申し訳なさそうに頭を下げた。
デニムのパンツに黒いシャツ、真っ赤なスニーカー。
抱いている子供は女の子だろうか?
白いロンパースにピンクの靴下を履いている。
母親に抱かれたまま、すやすやと眠っていた。
「どちらまで?」
「えっと……しらゆり台3丁目」
「え!?」
さすがに谷津は驚きを隠せなかった。
「まさか、しらゆり台3丁目6ー2ですか?」
谷津の言った住所に、女性は頷いた。
「ええ、そうです。なんで分かるんですか?」
「いやだって、先程ご家族を乗せたばかりで」
「義母と主人のことでしょうか?」
関係性は分からないが、70代くらいの女性と30代くらいの男性を乗せたことを告げると、若い女性は微かに笑って頷いた。
「そうですか。先に帰ってしまったんですね」
「行き違いですか?」
「そうです」
「……」
釈然としなかったが、谷津はそのまま黙って車を目的地に向けた。
詳しく聞くのが何となく怖かったのだ。
走りながら、時折ミラーで背後を確認するが、女性は赤ん坊を抱いたまま、じっと目を閉じていた。
もしかしたら、子供の急病で運ばれたがそのまま帰されることになり、連絡を受けた家族が来るのを待っていたのかもしれない。
なら病院で待っていればいい話だが、何か行き違いがあって、あそこまで歩いてきたのだろう。
(家族揃って行き違いって……携帯電話でやり取りぐらいできそうなもんだけどな)
一晩で同じ家を3往復もすることになった谷津は、思わず心の中でそうぼやいた
(それとも連絡手段を持ってなかったのか?今時、変わった家族だな)
谷津は半ば呆れて目的地の家の前で止まると、「着きましたよ」と声を掛けた。
女性は料金を支払うと、そのまま外に出ようとした。
すると、それまで大人しく寝ていた子供が、急に火が付いたように泣き出した。
「あら、どうしたの?もう大丈夫よ」
女性が必死になってあやすが、子供は泣き止まない。
暗い車内灯の下だが、泣いている子供の顔が火のように赤くなっていくのが分かった。
「大丈夫ですかね?」
「平気です。ありがとうございました」
女性は礼を言うと車を降りた。
大きな家の門を開けて、中に入っていく。
すでに家の中には母親と旦那がいるはずだが――
谷津は何となく気になって様子を伺った。
窓は暗いし、帰ってきた嫁と孫を出迎える気配はない。
もう寝ているのだろうか?
いやに静まり返っている。
「……」
何となく気になり、谷津は車内カメラを確認するが、先に乗せた老女も男性も、そして今の女性と子供もちゃんと映っていた。
料金も現金で貰っている。
(幽霊じゃない……けど、なんか妙だな)
それが何かと聞かれても、上手く説明できないが。
谷津は回送に切り替えて車を出した。
去り際にもう一度ミラーで家を見たが、電気は付いておらず、人の気配を感じない。
住所は実在するし、廃墟でもない。
ただ変わった偶然が重なっただけなのか?
――とりあえずそう思う事にして、この日はもうそのまま営業所に戻ることにした。
あの国道沿いを走るのが何となく怖かったので、帰りは別のルートで帰ると、谷津はこの奇妙な出来事を同僚に話してきかせた。
「それ本当か?」
「ええ。妙な客でしょう?ピストン輸送してるみたいでしたよ」
谷津はそう言いながらタバコに火をつけた。
「行き違いって言ってたけど、どこで待ち合わせしてたんだか。スマホで連絡くらいとれるでしょうに」
「それで、金はちゃんと貰ったの?」
「ええ、もちろん。ドラレコにも映ってるし。だから幽霊じゃないですよ」
「……そうか」
同僚はそう言うと、何となく気になる素振りで谷津を見た。
そしてボソッと呟くように言った。
「この仕事してると、ときどき不思議なことがあるよ」
タバコの灰を灰皿に落としながら――同僚の男は、ポツリポツリと独り言のように話し始めた。
「昔、あそこで火事があったんだよ。死んだのは若い母親とその子供で。その後、一度取り壊して新しい家を建てて売り出したんだ。今は別の家族が住んでるはずだ」
「え?」
「しらゆり台3-6-2だろう?今でもよく覚えてるよ」
「……」
「失火の原因は婆さんで、鍋に火をかけたまま出掛けて、別室で子供を寝かしつけていた嫁さんはそれに気づかず……火災で死んだのは嫁と孫だけ。責任感じた婆さんがその後首吊って、旦那さんも後を追ったって――曰くつきの土地だぜ、あそこ」
その言葉に、谷津は息を飲んだ。
「もう30年以上前の話だからなぁ。知ってる奴も少ない。けど、たまにあそこでタクシー流してると、お前と似たような体験をする奴がいるんだ」
「マジですか?」
「あの近くの病院に運ばれたんだろうな。家に帰りたくて、通りかかるタクシーを呼び止めてるって話だ。可哀そうにな……ずっと同じ所を何度も繰り返し往復してるんだよ」
「――」
谷津は、手にしていたタバコから灰が落ちるのを見て、慌てて灰皿で受け止めた。
帰りたい――――……
ふと、そんな囁き声が聞こえた気がして、谷津は思わず身震いした。
何十年経っても、我が家に帰りたい思いが、家族をあの場所に集めているのだろうか?
自分の不注意から嫁と孫を死なせてしまった老女。
我が子と共に焼け死んだ母親。
大事な家族を失った夫。
行き違ったまま、別々に家に帰り、そしてあの場所で再会しているのだろうか?
何十年も同じことを繰り返しながら――
そう思うと哀れな気もする。
――が。
家に着いた途端、激しく泣き出した赤ん坊の事を思い出した谷津は、果たして本当にそうだろうか?と感じた。
本当にみんな、あの場所に帰りたいと思っているんだろうか?
泣いていた赤ん坊の顔が、真っ赤になっていくのを見た。
やがてそれが炎に包まれ、家屋と共に崩れていく――
老女の赤い鞄と男の赤いネクタイ。
女の赤いスニーカー。
まるで何かを暗示するように、谷津の頭の中で何度も明滅を繰り返していた。
――どこか。
遠くの方からサイレンが近づいてくる。
消防車の赤色灯が、けたたましいサイレンと共に暗い営業所の窓の向こうを通り過ぎていった。
一瞬だけ赤く染まった休憩所の壁を睨みながら、谷津は深く息を吸うと――そっとタバコの火を消した。
【完】
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