子どもたち(2)

「やあ、諒介」

 爽やかな声を響き渡らせながら、颯爽と三人の男達が現れた。


 挨拶をしたのは先頭の男だ。若き投資家か政治家といった風情で、細いストライプのスーツを着込み、諒介に向かって片手を上げた。そこで諒介の隣に最上が立っていることに気付いたようだ。


「おや、邪魔したかな?」

「違うよ。この人が勝手に来ただけ」

「ご無沙汰しております、惟臣さん」


 最上の礼を受けたスーツの男――くとうこれおみ九頭惟臣は、悠然と笑みを浮かべた。

「ああ、久しぶりだな、最上。父は元気か?」


 惟臣は、その場にいる誰よりも身長が高かった。

 最上も低い方ではないが、惟臣の身長は、おおよそ百八十センチと少しあった。高級そうな腕時計をつけ、一分の隙もないオーダーメイドスーツに身を包んでいる。着用している物が高級品なのは最上も同様だが、最上は全体的に線が細く、色素も薄いことから印象に残りづらい男だった。惟臣はその逆だ。表情や言動に自信がみなぎっており、スポーツ選手のように引き締まった肉体をしている。自然と視線を集めるような、華やかさがある男だった。


 最上は静かに返事した。

「はい。宗景様はもちろん、おかわりございません」

「そうか。ご壮健でなによりだ」


 最上に挨拶をした惟臣は、後ろに控える部下のことを肩越しに振り向き、手を挙げて合図した。

 惟臣の部下はいずれも似たようなスーツを着込んでいた。うち一人はアタッシュケースを持っている。近くで見ればまったく似ていない顔だが、遠目で見た分には、双子のようにそっくりだった。

 二人を見分ける唯一の特徴だったアタッシュケースを惟臣に差し出すと、部下達は目礼をして部屋から出ていった。


 扉が閉まり、自動的に鍵がかかる。その音を確認してから、惟臣は正面を向いた。

「申し訳ないが、先に要件を済ませて良いかな?」

 最上が返事するより先に、諒介が答える。「だから、この人は割り込みなんだって」そう言って、椅子を回して体を惟臣の方に向けた。


「時間だ、取引を始めよう」

 言うと同時に、諒介の背中に複数の空中ディスプレイが浮き上がった。


 最上と惟臣が見守る中、ディスプレイは速やかに大きくなり、諒介を中心として、三人の周りをぐるりと囲った。ディスプレイひとつの大きさはおよそ十四インチほどだった。ディスプレイはきれいな円柱を作り、三人の周りをゆっくりと時計回りに回転する。証券取引所のガラスシリンダーのような光景だった。

 最上と惟臣にとっては見慣れた光景だった。諒介の魔法だ。


「取引材料は?」

 惟臣は右手に持っていたアタッシュケースを開いて見せた。まるで裏取引の現場のようだ。しかし、ケースの中身は怪しげな粉でも金でもない。

 意外な中身に、最上すらも気になって、眉根を寄せて中身を見た。


 ケース内に敷き詰められた保護材の中心。大げさとも言えるケースの中には、一見して何の用途で使うのかまるで分からない木製の物品が納められていた。


 全体の高さは十五センチほど。立方体の上にコップが貼り付いているような代物だった。素材はパイン集成材のように見えるが、ヤスリがけもニスもされていない。メガホンのようでもあるし、台座が大きすぎるコップのようにも見える。全体的に歪んでおり、子どもが夏休みに作る工作でさえ、これより上等に出来ている。


 こんなものが取引材料だと? 白けた最上の視線とは相反して、諒介の表情は変わらなかった。

「鑑定する」

 諒介の宣言に惟臣が無言で了承する。すると、周囲を囲むディスプレイから一本の光が水平に現れた。


 光線は惟臣が持つアタッシュケースに注がれる。下から上に、光線は物品をスキャンした。

 光線が消える。

 諒介が声を弾ませて言った。「間違いなく橘の魔導具だね」諒介の左背後にあるディスプレイが更新され、文字が表示された。


 『製品名:さえずるメモリー 製作者:橘智雄 制作時期:一九八五年 市場評価:E』


 魔道具? 最上の疑問を感じ取ったのか、あるいは諒介に売り込みをかける為か、惟臣が口頭で補足し始めた。

「驚いたことに、『魔道具を作る』という能力の魔法使いがいたそうだぞ。これはその作品の一つ。まず、思い出の品と野菜ジュースを箱の中に入れる。すると、その品にまつわる思い出の人物の声が、このコップから再生されらしい。あくまで再生だそうだ。会話が出来るとか新しいことを言うということはなく、記憶の中で当時相手が話した内容や声が、再度ここから聞ける、という道具だそうだ」


 最上はうんざりした。

 くだらない商品だ。

 そんなものを思いつくような頭など、最初からない方が世の中のためだ。


「スマホで簡単に録画録音できる時代だからね。橘の作る魔道具は大体そうだよ。作った本人は画期的かつ独創的だと思ってるんだけど、現実ではもっと便利な代替品が、魔法使いどころか一般人向けに普及してるんだよね」

 最上には思い出したい相手もいないが、思い出の品を野菜ジュース漬けにすることも、世間一般の感覚からすると不条理に思えた。


「でもさ、橘の魔道具の価値はそこじゃないんだよね。俺たちの能力は死ねば消えるけど、橘の魔道具は死後もちゃんと機能してる。今まで魔道具と能力者は『見えない糸でつながり続けている』『魔道具自体が能力者の能力に依存する』っていうのが定説だったけど、橘の魔道具で、魔道具と能力者はつながっていない、あるいは俺たちの能力は呪いのように残せるものって説が浮上してきたんだよね」

 諒介はそう言うと、やや前のめりになり、惟臣の持つアタッシュケースに手を伸ばした。


 状況を察した惟臣はそれを拒否せず、諒介が魔道具を手に取ることを妨げなかった。諒介が両手でそっと魔道具を持ち上げる。間近でうっとりと、それを眺めた。


「これによってさー、霊魂派と血因派が大喧嘩してさー。もともと仲悪かったけど、霊魂派は『証明された』って高笑いして、血因派は『橘独自の能力だ』って猛反発。結果、魔生理ませいり学が分裂するきっかけをつくることになった。――死んで評価された人だね、橘は」


 魔生理学、と聞いて、最上と惟臣の眉がわずかに動いた。


 惟臣の眉は、聞き覚えのない言葉をいくつも聞いたことによっての動きだった。

 最上の眉は、聞き捨てならない情報を聞いたことによってだった。

 惟臣さえいなければ、詳細を聞くために、最上は諒介に詰め寄っていたことだろう。

 だが、今、ここには惟臣がいる。

 最大限の自制を働かせ、それでも抑えきれず、ほんの僅かに眉が動いた。


 それほど僅かな動きだったのに、目ざとく惟臣は最上の変化を見つけたらしい。最上が反応を示すこと自体が意外だった顔をして、興味深そうに問いかけた。

「最上は興味があるのか、その……ませいり、とやらに」


 表情には出なくとも、最上が答えを避けたがっていることは伝わった。


 最上が無言なので、惟臣は諒介に向かって問いかける。「どんな学問なんだ、それは」諒介は橘の魔道具をアタッシュケースに戻しながら答えた。


「『魔法使いの力はどこからきてるか』を、大真面目に研究する学問だよ。今のところ魔法使いと人間では、人体構造上、明確な差が認められてないんだ。魔法使いだけにある器官はないってこと。でも、魔法使いの子は魔法使いだ。明らかに遺伝だけど、遺伝子上、『これが魔法使いにしている』っていう因子も見つけられてない。なんで俺達だけ能力が使えるのか、能力の源はどこにあるのか、それを解き明かそうってのが魔生理学」


 魔道具から手を離すと、諒介は二人の顔をそれぞれ見上げた。

 どちらの顔も珍しく怪訝な表情を浮かべており、面白がった諒介は小さく笑った。


「まあ、二人には縁のない話だと思うけどね。そんで、どちらかと言えば『遺伝子上に能力の源がある』と主張しているのが血因派。霊魂派は『能力は魂に宿る』と主張してて、あんまりにも意見が合わないから、いっそ別の学問になろうって分裂したわけ」


 朗々と諒介は説明しているが、最上はその半分も覚える気持ちになれなかった。


 大切なのは、そこではない。

 学問の成り立ちなど、どうでもよい。


「一体そんなものを調べて何になるんだ?」

 同じように疑問しか感じなかった惟臣が、不可解そうに質問する。

 よく質問する気になれる。

 飛べるのだから飛ぶのだ。何故飛べるかなど、いちいち調べてなんの意味があるのか。

「知らないよ」

 背もたれを軋ませて、諒介は両手を広げた。


「そもそもこの研究は極一部のマニアックな連中が勝手にやってるだけだし。始まりは下級魔法使い達が、どうにか自分たちの能力を上級に底上げしたい、あるいは自分の子供だけは上級にしたいって考えたからだって聞くよ」

「ふむ。持たざる者の為の学問といったところか……。涙ぐましい努力だな。――ますます、そんな学問に興味があるとは意外だな、最上」

 視線を受け、最上は内心、苦々しい思いで視線を落とした。


 惟臣に弱味を見せるのは避けなければならない――。


 それは最上を含む、極一部の人間にとって、当たり前とも言えるタブーだった。

 とはいえこの好奇の目を避ける手段も見当たらない。

 やむを得ず、最上は事実の一部を話すことで詳細を曖昧にすることとした。「才能豊かな魔法使いが増えることに越したことはないので」毅然とした言い方に、今度は惟臣が気色ばむ。それを無視して、最上は諒介に提案した。


「諒介さん、それを私が購入することは出来ますか」

「惟臣から直接買いたいってこと?」

 また割り込みじゃん、と、諒介が難色を示す。だがはっきりと断られもしないので、最上はチラリと惟臣に視線をやった。

 惟臣は薄笑いを浮かべた。「金以外で支払うというなら、交渉にのろう」と頷いた。


 惟臣との交渉で、金銭以外をテーブルに乗せるわけがない。


 最上は再び諒介に視線を戻し、「惟臣さんから買ったら、私に売っていただけますか」と質問した。しかし結果は否だった。


「悪いね。俺は橘の作品のコレクターなんだ。誰にも売る気はない」

「……では、購入後、破損させないことを条件に、研究室に貸し出してくださいますか」

「それなら考えてもいいけど……どっちにしろ、それは別の取引だから」


 まずはこの取り引きだ、と諒介が宣言するとともに、諒介の真後ろにあるディスプレイの画面が切り替わる。

 画面にはトランプのようなカードが三枚映っていた。

 カードにはうっすら、人影のような絵が描かれている。シルエットの上に、諒介の右手側から、『C』『C』『E』と表記されていた。


 画面を見て、惟臣があからさまに顔をしかめた。「買い叩きすぎじゃないか?」最上も同様に感じた。あれほど絶賛していたものだから、さぞもっと高レベルの条件を提示するかと思ったのに……。


「全然。妥当な額だよ」

「だが、お前はコレクターなんだろ?」

「コレクターだからこそだよ。社会的評価はE。E単体との交換が妥当だけど、だいぶおまけして、Cをニ枚もつけるってとこ」

 惟臣が黙り込む。


 諒介との取引に値引きも交渉の余地もない。

 諒介は必ず公平な取引しか行わない。それが彼の能力だった。

 しかし惟臣が欲しいのは、使のはずだ。Cクラス、ましてやEなど、交換したところでゴミでしかない。


 それを釣り上げる方法はたった一つだ。交渉材料を増やすこと。


 十秒ほどかけた後、惟臣は顔を上げて提案した。

「取り引き材料を増やしたい」

 諒介が頷いた直後、再び諒介タブレットにポップアップが浮かぶ。来客のアナウンスだ。だが、今度は警備に応答せず、すぐさま部屋の鍵を直接開けた。


 入ってきたのは先ほど惟臣についてきた部下の一人だった。

 いや、部下の一人と思わしき人物だ。惟臣の部下は判を押したように、全員が同じスーツ姿で同じような見た目をしている。この格好をしているだけで、惟臣の部下と分かるほどだった。


 部下はこの場にいなかったはずなのに、全てを理解している顔をして、三人を囲むディスプレイのそばまでやってきた。

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