子どもたち(3)

 惟臣が諒介に言う。

「彼を追加する」

 その言葉に従い、ディスプレイが変形して縮まり、人が一人通れる入り口を作った。


 惟臣の部下が入り口を通り、諒介の前で立ち止まる。 肩幅より広く足を広げ、両手を後ろで組んで部下は胸を張った。

 ディスプレイが再びもとの位置に戻っていく。

 先ほどと同様の円柱だ。四人のことを取り囲んだ。


錯誤さくご(※勘違いや思い違いをしたまま取引してしまうこと)とか言われると困るからさあ……」

 冷たい目をした諒介が、値踏みするように部下を見上げ、問いかける。

「確認するけど、本当に惟臣の為に自分を切り売りする覚悟があるってことで、いいんだよね?」


 部下は堂々と返事した。

「はい。惟臣様のおそばでお仕えできないことは残念ですが、どんな形であれ、惟臣様のお役に立つのであれば光栄です」

「あっそう」

 冷たい諒介の反応の直後、部下の足元に鈍い光のマスが現れる。


 音もなく、マスは部下の足から頭部に向かって上昇し、頭頂部を越えたところで消滅した。

 惟臣の後ろのディスプレイが更新される。

 『意思決定能力60% 契約に対する理解度80% 契約能力:有』

 大文字で記載された右側に、細かな分析結果が記載されている。


「まあ、ギリギリだけど、いいよ」

 諒介は椅子の上で前のめりになり、部下に対して三本の指を突き出した。

「買取希望は三つ。左上肢、骨髄、それから『苦痛の記憶』。全部売ってくれるなら、橘の魔道具と合わせてこんなもんかな」

 諒介の背後に映る三枚のカードが更新された。


 『A』『B』『B』


 惟臣がようやく満足げに微笑んだ。

 対して、部下の表情は不安そうだった。

 普通の感覚なら当然だろう。左上肢に骨髄。自分の体がどうなるのか、不安に思わない者はいない。


「やっぱり、やめとく?」

 諒介の問いかけに、惟臣と部下の両方がぎょっとして顔を上げる。

「あっ、いえ……」

「別に、やめてもいいよ。自分の体は自分の資産。惟臣にあげるもあげないも自由だよ」

「いえ、本当に、不服はありません」

 部下ははっきり、言い切った。


「ご心配おかけして申し訳ございません。記憶も購入対象になるとは思わなかったもので……。どのように買い取っていただけるのか、気になっただけです」

「あっそう。じゃ、取引成立ってことで、いい?」

「はい、お願いいたします」


 諒介が背もたれに体を預けた。椅子がギギギと音を立てる。

 直後、部下の左腕、背中、額――そして惟臣の持つ橘の魔道具が光り出した。

 諒介との取引が初めての部下は、やや動揺して視線を巡らせる。

 慣れている惟臣と最上は微動だにしない。

 静かな目で、部下をじっと見つめる諒介が言った。

「心配しないで。買い取る部位以外は、一切触れないから」


 諒介のその言葉は嘘ではなかった。

 セーターが、端からほどけていくようだ。


 輝く部下の左腕が、指先からほどけ、一本の糸となり、するすると諒介の背後にあるディスプレイに取り込まれていく。

 背中と頭から伸びる糸も同様だ。視線を巡らすと、橘の魔道具からも光の糸が伸びていた。


 不思議な光景に驚いた部下は、自分の額から出ていく糸を目で追いかけた。よく見ると、糸には映像が写っていた。


 それは部下にとって、人生最大の苦痛だった。そして惟臣の部下となることを選ぶきっかけとなった思い出だ。

 かつて部下は中央区で別の魔法使いに仕えていた。とても残酷な魔法使いで、暇を持て余すと、他人の皮膚を少しずつめくる悪癖があった。

 部下は右内腿の生皮を、毎日少しずつ剥がされた。声を挙げても喜ばれ、声を押し殺しても愉しまれた。

 ある日、惟臣が、何人かの人を連れ、部下のいる倉庫を訪れた。視察だと言っていた。あの残酷な魔法使いは、日頃の態度が嘘のように、惟臣に頭を下げて気色の悪いおべっかを使い続けた。


 惟臣は、血の滲む部下の内腿を見つけた。部下は隠そうとしたが、それを止めるように、惟臣が優しく部下の肩に手をおいた。


「こんなにひどい目に合う必要はない。俺の部下になるなら助けてやれるが……どうしたい?」

 その時、部下の目には、惟臣が神々しく輝いた。

 強烈な光の洪水だ。部下には惟臣しか見えなくなった。


 どうか助けてください。

 部下は心から懇願した。

 どうぞあなたの下僕にしてください、あなたのためならなんでもします。

 すると惟臣は「いいだろう」と笑みを浮かべ、文字通り、あたりを一掃して部下を助けた。


 額から光る糸が抜け出るにつれ、部下はあの時の痛みの記憶が、少しずつ薄れていくのを感じていた。

 諒介の背後に表示されていた三枚のカードも、下部から粉のように崩れていき、光の粒となって惟臣の頭部に流れていった。


 糸が途切れる。

 糸はそのままするすると、音もなくディスプレイの中に消えていった。

「取引完了」

 涼介が呟いた時、周囲を囲っていたディスプレイが消滅した。


 茫然とした部下は、ふわふわとした気持ちで自分の左腕に目を落とした。

 痛くない。血も出ていない。

 だが、肩から先が完全にない。不思議な感覚だった。


 過去を思い出そうとしても、苦痛の瞬間だけ、ぽっかりと穴が空いたように、抜け落ちている。他の異常を自分自身に探してみたが、特に変化は見当たらない。本当に、苦痛の記憶だけ、初めからなかったかのように消えている


 たったそれだけで、頭の中が不確かになった。

 自分がいまどこに立っていて何をしているのかさえ、本当のことか分からない気がした。 


 満足気な声で、惟臣が部下の肩を叩く。

「よくやった。素晴らしい働きだった。この先も、変わらず俺のそばで勤めてくれ」

 惟臣の手は大きく、温かかった。部下は嬉しさを思い出し、弾んだ声で返事した。「はい!ありがとうございます!」そう返事してすぐ、自身の変化についていけないのか、混乱した面持ちで床を見つめた。


 一連の様子を見ていた最上は内心ため息をついた。

 退屈で仕方がない。

 この取引など、どうでも良い。茶番も良いところだ。

 最上の望みはただ一つ。諒介がこの取引を早く終えて、最上の要件に入ってくれることだけだ。

 無駄な時間が刻々とすぎていくことに、最上は苛立ち、不満を抱いた。


 待ち望んだ瞬間はやっと訪れた。

 室内でただ一人、椅子に座り続ける諒介が、くるりと座面を回転させ、ようやく最上の方を向いたのだ。


「はい、お待たせ、最上さん。あんたの番だよ。さっきなんて言ってたっけ」

 最上は諒介を見返した。

 切り出すのに、一瞬ためらったのは、室内にはまだ、惟臣と彼の部下が残っていたからだった。


 部下は自分の変化と惟臣の様子をぼうっと見ているだけで、惟臣は取引で得た内容を、改めて確認するのに忙しい様子だった。

 一分たりとももう自身の時間を無駄にしたくなかった最上は、彼等が部屋から出ていくまで待つことが出来なかった。この話を惟臣の前でしたとしても、最上の「弱味」とはならないだろう。そのように判断し、結局そのまま、話すことに決めた。


「探してもらいたい人がいます」

「あんたが? 珍しいじゃん。自分で探せないなんて」

 探せないわけではない。通常であれば、人探しぐらい、最上の部下がやれるだろう。しかし今回は事情が違った。

「……内密に行いたいもので……」

「ってことは、時永宗景が放っておけとでも言った人ってことね。最上さんの自己判断か」

 諒介の厄介なところは、その察しの良さだ。

 苦々しい思いを抱きながら、渋々最上は、当該の人物の名前を言った。


「探していただきたい者は、蒐宮莉央。年齢はおそらく十九歳。顔データは……」最上は、左手に持っていたはずのタブレットがないことに気が付いた。自分の足元に粉々になって散らばっている。「……後日メッセージで送ります」その様を見て諒介は呆れた顔をやや浮かべた。


「生死は問いません。なるべく早く探していただきたいです。可能ですか」

 諒介が返事をする前に、会話に割り込む声があった。

「蒐宮……聞いたことある名前だな」

 惟臣だ。気づけば最上のそばにやってきている。


 惟臣の反応に諒介も興味深げな視線を向ける。「なに、誰なの?」諒介と惟臣の視線を受け、最上は静かに、返答した。


「……十一年前、処分対象となった――貴方がたの異母兄弟です」


 二者二様の反応だった。

 目を丸くし、より好奇心が刺激された笑みを浮かべたのが九頭惟臣。

 眉根を寄せ、訝しげな表情を浮かべたのが取田諒介――。


「なるほど、だから聞いたことのある苗字なのか。蒐宮、蒐宮……確かに、そんな女が一時ここに住んでいたような気がするな。子供がいたのか。十一年も前じゃ、諒介は記憶にないだろう」

 諒介がすねたように唇を引き結ぶ。


「処分対象となったのに、生きているのか、そいつは」

「正確に言うと、子供は処分対象でしたが、実際に処分されたのは母親だけです。蒐宮莉央は追放となりました」

「追放? 珍しい対応だな。どういうことだ? 子供が処分対象だったのに、何故予定を変更して母親が処分された?」

「母親はもともと処分対象ではありませんでしたが、子供の処分に抵抗した為、子供の代わりとなりました」


 その日、具体的にどのようなやり取りがあったのかまでは最上も知らない。宗景から指示された部下が、翌朝になって最上に報告し、そこで初めて親子が生きた状態で部屋から出たと知ったのだ。


 蒐宮莉央が処分対象となるだろうことは予想していた。

 子どもたちは七歳の誕生日を最後とし、宗景の審査にかけられる。いつでもそうだ。宗景のお眼鏡に叶えば、惟臣や諒介のように「宗景の子供」として迎えられる。そうならない子どもたちは処分される。七歳の誕生日以降、いつどのようなタイミングで宗景が審判を下すかは、最上も含めて誰も知らない。それで問題になることもない。翌日遺体を処分すれば良いだけだ。処分対象となったのに、生きたまま部屋から出たのは、後にも先にも蒐宮親子以外いなかった。


 もし、最上が、事前に処分のタイミングを知っていれば、生きて部屋から出すことなどしなかったろう。事前に対応していたはずだ。

 やむを得ず翌朝、親子を追うように下級魔法使いの一人を仕向けたが――まさか十一年も経った今、情けなくも返り討ちにあうとは思わなかった。


「諒介さんの仰る通り、宗景様は蒐宮莉央の処分を命じてはいらっしゃいません。ただし、生かしておけとも仰っていません。蒐宮莉央は時永グループの一員に危害を加えました。私が送った追っ手を倒したのです。これは宗景様に対する反逆行為です。このため、私自身の判断で、十一年前に行われなかった処分を今度こそ遂行しようと思います」


 詭弁だ。諒介の顔にはそう書いてある。

 確かに、正当な理由があると言い張るなら、自身の部下を使って大々的に蒐宮莉央を探し回り、見つけ次第処分すれば良いのだ。


 後藤を倒した現状だけ言えば、反逆行為と言えなくもない。しかし、そもそも命じられてもいないのに後藤を送りつけたのは最上の判断だった。最上としては、例え命じられていなくとも、宗景の望みを察し、対応するのが忠臣だと認識していた。一から十まで言わせる者は、むしろ宗景の部下にふさわしくない。

 だが、十一年も仕事がこなせない無能を送り込んだと宗景に知られるのは避けたかった。当時の自身の過失を宗景が知る前に、どうしても静かに軌道修正したかった。そのためには諒介と取引することが最短なのだ。


 疑わしげな表情を浮かべている諒介だが、それでも彼は商人なのだ。「まあなんでもいいよ。それで?蒐宮莉央を見つける見返りに、最上さんは何を差し出すの?」取引に釣り合う材料さえあれば、理由など関係なく、彼は取引を行う。


「言っとくけど、金はいらないから。それ以外の条件を提示してね。人探しだからそんなに高額請求しないけど、時永宗景にバレないようにってことなら、ちょっと割増してもらわないとね」

「申し訳ございませんが、条件に合う材料がどれなのか、判断つきかねます。ご希望はございますか」

「おいおい最上。取引相手に最初から希望を聞くなんて、諒介だから良いものの、普通だったら足元見られるぞ」

 惟臣が愉快そうに茶々を入れた。


「ちょっと。惟臣との取引は終わったんだけど? 横入りやめてくんない?」

「悪い。だが、なかなか興味深い取引だからな。俺も一枚噛ませてくれ」

「惟臣さんがですか?」

「もーみんな割り込みしすぎ!」

 うんざりした声で、諒介が額を押さえる。

 それを「取引からの離脱」と捉え、最上と惟臣はお互いを向き合った。


 存在感のある惟臣が、まっすぐ最上を見下ろしている。

「……腹違いの弟は、俺が見つけよう。その代わり、見つけた後の処遇は俺に任せてもらいたい」

「どうなさるおつもですか」

 分かっていて、それでも最上は訊いた。

 にやりと惟臣が笑みを浮かべる。


 時永宗景の子供たちは母親似だ。どの子もまったく宗景に似ていない。全員並べてみたとしても、兄弟だと言われなければ分からないだろう。諒介など特にそうだ。貧弱な身体つきもその能力も、宗景に似ているところを見つけることのほうが難しい。


 しかし惟臣は、子ども達の中で最も宗景に顔立ちが近かった。


 切れ長の目、焦げ茶色の瞳に同じ色の髪――。笑うとどことなく、宗景の血を感じる。

 生存する子どもたちの中では最年長であり、能力の系統も、最も宗景に似ていることから、時永グループの魔法使い達は、惟臣が宗景の後継者だと考えていた。その噂を、最上も何度か耳にしている。


 惟臣は恵まれた体躯をぐいと張った。それだけで、室内の密度が上がったように感じられた。

「最上が送った刺客を倒したのであれば、少なくともBランク以上だろう。能力によっては、俺の部下に迎える」

 予想通りだ。

 自信たっぷりに笑っている。

 最上は黙って考えた。

 そして結局は、そうすることが一番だと感じた。


「惟臣さんがお望みならば」

 最上の左下で、諒介が小さく「あーあ」と取引成立を残念がった。

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