子どもたち(1)
執務室から出た最上は、大股でビルの廊下を歩いていた。
右手にはタブレットが握られている。最上は先ほど、そのタブレットに届いたメッセージを読んで、執務室から飛び出してきたのだ。
道中で会う他の魔法使いたちに目もくれず、エレベーターホールにて、専用エレベーターを使って二階下がる。
この階も、公表はしていないが時永グループの所有物だ。
この階に来られる人物は限られている。
他の階に比べて室温も湿度も低く、ひと気も少なく、静まり返った空間に機械の駆動音だけが響いていた。
最上は何人かの警備員から目礼を受けつつ、目的の部屋の前に到着した。
部屋の前にも警備員がいる。
最上の目配せを受け、警備員はインターホンを押して、中にいる――実質、この階の主に対し、最上の来訪を伝えた。
しばらくして、ドアの鍵が開けられた。
警備員が扉を押し開け、最上の方を振り向く。最上は警備員に目もくれず、室内へと入っていった。
「アポなしで来るなんて珍しいじゃん。なんの用?」
その人物は、部屋の真ん中で振り向いた。
大きなゲーミングチェアの上であぐらをかき、最上の方を面倒くさそうな目で見ている。
十六歳ぐらいの、ほっそりとした少年だ。
頬の丸みは幼いが、その表情は大人顔負けの、落ち着き払った目つきをしていた。そのくせ、彼の見た目は十人中九人が「変わっている」と評するような恰好だった。
髪は全体的に短い。しかし右の後ろ髪だけは、エクステを取り外し忘れたかのように真っ黒なストレートヘアが腰まで伸びている。そうかと思えば左の一部だけは緑色だ。
ブルーライトカット用に黄色いフレームの眼鏡をかけており、彼の着ている服は、サイズこそ合っているものの、テイストは全てチグハグだった。部屋の中はと言うと、大中小のポリウレタン製の引き出しがところ狭しと積み上がっている。積み上がっているというより、もはや天井まで積まれているので、「引き出しのついた壁」と表現した方が正しいかもしれない。その全てがマイクロチップで管理されているというが、そこに入り切らない大型の荷物が、あちこちからはみ出るように置かれている。引き出しがないわずかなスペースにパソコンデスク、複数のモニタ、少し離れたところにソファベッドが、所狭しと置かれていた。
家具としてはそれだけだ。
そびえたつ引き出しのせいで最上の位置からは見えないが、この部屋にはシャワールームとトイレもついている。ミニキッチンもあるにはあるが、彼は料理などしないので、ただ電化製品を試すためと、冷蔵庫を置くだけの場所だ。
このいわゆる「整理されたゴミ屋敷」を彼が作るのは三回目だった。
この階には、同じようにあらゆる荷物を詰め込み、自分自身すら入れなくなった部屋がすでにふた部屋あった。この部屋の寿命も残りわずかと言えるだろう。スペースというスペースを使い果たした後、彼はパソコン関係の物品だけ持って、ヤドカリのように空き部屋へと移動していくのだ。
ゴミ屋敷に興味のない最上は、まっすぐ彼のそばまで進んだ。
手に持っているタブレットを開き、苦々しい表情で彼に聞いた。
「
表情だけでなく、声にも苛立ちがこもってしまった。
部屋の主――
「うん、そうだけど?」
からりとした声だった。
「どうしてあなたが!?」
「どうしてって……時永宗景に依頼された以外にある?」
皮肉っぽく諒介が言う。その視線は、最上の方向に向けられてはいるものの、最上の顔を見ているようで見ていなかった。
諒介の答えを受けた最上は、全身を怒りで震わせた。
素知らぬ顔で、諒介はだらしなく、肘掛けに頬杖をついている。
物凄い形相で見下ろす最上の視線を受けても、諒介は「こわ〜」と笑うだけだった。くるりと椅子を回転させ、最上が来る前までそうしていたように、モニタに映るチャート分析を見始めた。
声を押し殺し、最上は腹立たしいその背中に問いかけた。
「あなたがそれをすることで、どのようなことが起きるのか、分かったうえでやっていらっしゃるのですか」
ずいぶん遠回しな言い方だ。
諒介は画面を見たまま答えた。
「さあ、知らないけど。時永宗景が海外に行くんじゃない?」
「分かっていて、どうして!」
ヒステリックに最上が叫ぶ。
相手が
「逆に聞きたいんだけど、時永宗景に従わない選択肢なんてなくない? つか、あんたがグズグズ無駄な時間稼ぎしてるから、直接俺んとこに来たんじゃん」
それは、その通りだった。
最上がジェット機の手配を頼まれたのは二ヶ月も前のことだ。
戦争やら物価高やらを理由に、目ぼしい機体の生産ラインが止まっているだとか、パイロットが見つからないだとか、それらしい理由を並べて手配を先送りにしていたのは事実だった。
黙りこくった最上を画面越しに見やった諒介は、面倒くさそうなため息を一つついた。
「おおかた想像はつくんだけど。行ったら帰ってこなさそーだもんね、あの人。普通、支配者が縄張りを離れてどっか行くっていったら、縄張りを広げる為か、先方に許可をもらってお行儀よく旅行するって感じだけど……時永宗景に『普通』は似合わないよねー。あの人なら、縄張り捨てるのもあり得るあり得る」
「そこまで分かっていて、なぜこのような選択をなさるのか、あなたのお考えが分かりません」
「そう? 俺の考えなんて、普通だよ。魔法使いの縄張りなんて、欲しいやつが欲しいところを奪い取る、それが全てでしょ」
諒介の言うことは一般論だ。
事実として正しいが、こと、時永宗景には相応しくない。
喉元までせり上がる怒りを抑え、最上は諒介をにらみ続ける。暖簾に腕押しだ。諒介は全く堪えず、最上を無視し、念押しのように再度言った。
「仕方ないじゃん。欲しくないんだから。欲しがれって言ったって無理でしょう? 別にいいじゃん。どうせあの人が捨てても、残った誰かが奪うか守るかするんだから……。俺からしちゃ、抵抗してるアナタのお考えの方が分かりませんけど? あっ、これ買い〜!」
嬉々とした声で、諒介がキーボードを景気よく叩く。
諒介は最上を気に留める気にすらならなかった。最上のこれは、今に始まったことでもないのだ。モニタを見ながら、予定していた作業を進める。
キーボードを叩き、時にマウスを操作していると……背後から『メキメキメキ』といった、金属やプラスチックが破壊される音が聞こえてきた。
「……あーあ。もったいない」
後ろを振り向き、諒介は呆れながら嘆息をもらす。
音から想像した通り、直立不動の最上がつかむタブレットPCが、破壊音を立てて、彼の左手の中から砕け落ちているところだった。
日頃から表情が乏しく、印象の薄い最上の顔が、完全に殺気立ち、瞬きもせずに諒介のことを見下ろしている。
「――他のクズ魔法使いの支配と、宗景様の支配を、同列に語らないでいただけますか」
抑えられた低い声が、諒介の部屋の隅まで広がった。
「……それ、わりと良いタブレットだったのにね……」
そのような視線を受けても、諒介は全く動じなかった。
砕かれたタブレットを残念そうに見つめており、自室を汚されたことに対してはやや不快感を表して、「これ、掃除してってくれるよね?」と場違いな空気で要求した。もちろん、最上は返事などしなかった。
ため息をついた諒介は背もたれに寄りかかり、面倒そうに頭をかく。とても子供らしからぬ、達観した態度だった。
「あのさあ……あんたの気持ちにはこれっぽっちも共感してないけど、あんたがどう思っているかは、一応、俺もあの人も、分かってると思うよ?」
先程の茶化すような声は鳴りを潜め、柔らかな口調で諒介が言った。即座に最上が不快さを顕にする。
「諒介さん、宗景様のお考えを許可なく推測するのやめていただけますか」
「いや、めんどくさいんだけど。いいから聞きなよ。海外なんてさ、本気で行きたきゃ、いつでもチケット取って勝手に行くでしょ。でもそれをしないのは、あんたの気持ちを汲んでるからじゃん」
最上は唇を引き結んだ。
「マイジェット機買うまでは待っててやろうってことでしょ。でもあんたが手配すらしないから、さすがに待てなくなって、俺んとこ来たの。それでも、手配しないあんたにペナルティもないし、マイジェット機で行くって方針は変えないでくれてるじゃん。これほど気ぃ遣ってもらっておきながら、俺にまで遅延行為強いるのはやめてよね。さすがのあの人も、じゃーもういいですって、普通にエコノミー乗って行っちゃうかもよ? それが一番、あんたにとって嫌な話なんじゃないの、最上さん」
自分で言っておきながら、「エコノミーに乗るとか笑える」と諒介は笑った。最上はその点だけ、大変不快な思いをした。
だが、説得の内容には一理あった。
宗景の考えを想像したり決めつけるなど、不敬極まりない行為ではあるが、彼の性格を考えると、一定程度、最上に「猶予」と言う名の配慮を見せていてもおかしくない。宗景にとって、最上は、そのぐらいの価値があるのだ。
落ち着きを取り戻した最上は、見開かれていた瞼をやっと閉じた。
色素の薄い、どこか影も薄い彼の瞳が、細く、静かに伏せられる。
その様子を見て、諒介はいっそ哀れむような眼差しを向けた。本当にあんた達って大変だよね、とでも言いたげに、ふう、と小さな息が、諒介の唇からこぼれた。
「そういうことだから、時永宗景を止めたいなら、自分一人で頑張ってね。なんかさ……今『やってるやつ』とか……。いい話聞かないけど、やりたいならやったらいいじゃん?」
その攻防に自分を巻き込むなよ、という忠告が言外にこめられている。
これ以上、諒介と交渉しようとしても無駄だ。
既に話を終えたつもりでいる諒介は、自分の長い髪の一部をつまみ上げ、枝毛の確認を始めている。
最上は自身で壊したタブレットの残骸を一瞥した。
諒介にもう一つ、要件があった。
残念ながら、映像を見せる手段が今、手元になくなってしまったわけだが――出直すのも無駄だ。最上は口頭で要件を伝えることにした。
「実は諒介さんに探してほしい人物がいるんですが……」
その時、諒介の手元のタブレットにポップアップが浮かんだ。
着信音だ。
ためらう素振りすら見せず、諒介はそれに応答した。
「なに?」
スピーカーから男の声がする。『九頭惟臣様がいらっしゃいました』扉の前にいた警備員の声だった。
「通して」
諒介が許可を出し、タブレットを操作して扉の鍵を開ける。
思わず、最上が批判的な視線を寄せた。
その視線に気付いた諒介は肩をすくめ、
「割り込みはあんたの方。向こうが先約ね」
と言った。
そう言われてしまっては仕方がない。最上の後ろで、ゆっくり扉が押し開けられた。
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