第2話


太宰治風の掌編・『雨の女』


  梅雨時の鉛色の空は、たっぷりと水を含んだ綿みたいになんだかぶよぶよとしけっていて、粘っこいかんじがする。

  梅雨のころに生を享けたせいか、雨催あめもよいの天気には親近感がある…じめじめした生暖かい風や、驟雨、篠突く雨、ざあざあ雨の不意に通り過ぎる音、それぞれに趣きがあってきらいではない。


 気象予報士の試験を受けることに決めて、いろいろと資料を取り寄せてみたりした。

 合格率が、行政書士とかより低くて、難関だが、ジッドも「狭き門より入れ」と言った。 ”針の穴をくぐろうとするラクダ”になるための、第一ステップとして頑張って精進しようと思う…


  ちょっと前に「おかえりモネ」とか言うドラマがあって、主人公が気象予報士の資格を取って、天気予報ウェザーリポートの会社で働く?そんなハナシだった。

 主人公の役だった、清原果耶という女優は、私に雰囲気が似ている…神秘的で、独特の雰囲気。 陰キャといえばそうだが、深い感じもする。 容易に奥底が見える感じの軽佻なタイプもいるが、底の知れない深淵が伺えるような女もある。 奇しくも、私は、名前が千尋ちひろで、いかにも深い。 この熟語で「千尋せんじんの谷」という慣用句もある。

 

 抽象的な、直接に日常生活に役立つわけでないことを勉強するのはきらいでない。 漢字とか、数学。 プログラミング。 およそ実利と無関係な本を読むのも現実逃避にはもってこい。


 気象予報士は、コンピューターが主に請け負っている、天気図の継時的な解析、今後の天候の予想…そのプロセスのわかりやすい解説と伝達、つまりスパコンのアシストをなす役割。

  

 主役はスパコンで、気象図や予報を作るのもAIだ。AIが、どんどん人間の仕事を奪っていく、そういう過渡期のニッチビジネス? 気象予報士もその一つ。そうも言える。


 シンギュラリティという言葉は、「人工知能が人間を超越すること」らしい。 あらゆる分野で、非効率で”アンシャンレジーム”な愚かさはどんどん淘汰されて、効率や合理性がめざましく立ちまさっていく…そういう現代社会のイメージがみんなに幻視されていて、コンセンサスになっていて、リーダーはむしろAI。 一昔のサイエンスフィクションによくあったイメージが段々に現実化しているのかとも思う。


 外は憂鬱な雨の月曜日。 ひたひたと、可聴域の閾値すれすれくらいの、だけど、その感じの静謐なやさしさが快い…そういう霧雨が降り続けている。


 梅雨の晴れ間がうれしいのは、雨が降るから。

 そう考えながら、分厚い眼鏡を低い鼻にずりずり押し付けつつ、私はテキストとノートにひたすら埋没しようとしていた。


<了>

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2025年6月19日の日記 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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