鏡の記憶

ベアキャット

占い宿

「あなたは、これが今まで鏡が写した記憶がわかるのですよね」

「ええ、わかりますよ」

 男は何の気なく返事をする。

「では、この鏡をお願いします」

 私は最初、ただの冗談だと思った。家から持ってきた手鏡を渡した。

「これはあなたの手鏡ですね……そうですね、今日の朝、ヒゲを剃ったときに剃刀で顔を切りましたね……それは右頬ですか?」

 確かに私は朝、その手鏡で顔を見た。しかし、それはカバンに収めるときに一度私の顔を見ていた。

 一応は顔に手を当ててみた。確かに気づかなかったが、頬にカミソリで切った傷がある。これは自分でも気づかなかったことだ。多分、今、私の顔を見て彼は言っているのだろう。私はそんなことでは騙されないと思った。こんな詐欺、誰でもできることだ。

「あなたのおつき合いなされている女性は、この鏡を使って化粧をしていますね」

 それも多分、女の化粧品――最近までつき合っていた――がうっかりと手鏡についていたのだろう。女がいることも私のような年齢の男では普通のことだ。珍しくはない。

 では、これはどうです。透明ですが表面は鏡のようですよ。

 私は握れば隠れてしまう大きさの小石を彼に渡した。これは石英の一種で、ほとんど透明で表面は鏡のように平らだ。

「ええ、鏡のように写り込むようなものならなんでも見れますよ……昔のものならそれは昔写りこんだもの……うむ。しかし、これは素直にお話ししてよいものかと。特に、あなたは私を手品師とでも思っていらっしゃるでしょうからね?」

 彼は話を続けた。

「私はこんなものをみることはいつものことですし、しかしとてもこんなことをお話しても信じては頂けないと思って誰にもお話しませんでしたが……そうですね」

 彼は考えたようにうなだれると、しばらくして顔をあげた。

「これを他人に見せるのは初めてなのですが……私はこんな能力もあるのですよ」

 彼は手鏡を持ち、もう片ほうの手で私の手を握った。

「どうぞ、この手鏡をご覧ください」

 私がこの手鏡をみると、昨日、彼女と喧嘩をして、本当なら今回持ってくるはずの古い手鏡、そう、今から百年以上前のヨーロッパ製の手鏡を壊した姿が写っていた」

「ようやく、ご理解頂けましたね」

 私はこの男が嘘を言っていないことを思い知った……男は私の驚いた顔にしたたかな笑みを浮かべていた。彼はそれに満足した様子であった。

「では、次はこれです」

 私は驚くまもなく、彼は手鏡を下ろし石英を手に取った。

「ご自分で見てみるのがいちばんですよ……真実が知れる代わりに、いくばくかの後悔もありますが」

 私はこの小さな石英をのぞき込むために顔を近づけた。

 私が覗き込むと、石英からの奥には小学生の頃に本で読んだ世界……太古の世界が見えた。やはりこの石英が存在した原初の昔が映し出されることを理解した。

 見ていると、大型のサルを追い回す、同じくらいの背丈をしている化けものがそこにいた。

 私は驚いて石英から顔を離した。そして私は異変に気づいた。私は手のひらを見た。その手のひらには鱗がつき、その先には二本の指が、鋭く長い爪をたたえて長く伸びていた。

 私は顔をあげると、手を握っていた男を見た。それは自分と同じ背丈の化けものが、おぞましくもニヤリと私の顔を見て笑っていた。[終]

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鏡の記憶 ベアキャット @bearcat8

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