梅雨

 梅雨というのは実に鬱陶しい季節である。もわもわとした空気に湿気、降り続く雨の閉塞感や、外出への億劫さ。生温かい空気や、籠ったような匂いも、心地良いとは言い難い。

 しかし、そういう梅雨の景色には、異界の気配を感じ取れる。雨を一種の結界と見れば、人を遠ざけた世界で闊歩する何かがいるのかもしれないと思うし、傘を差すことは結界に結界で対抗する行為に思える。厨二感ある伝奇ものでも書けそうだ。

 雨の降る世界では、闊歩ではなく泳ぐ何かがいるかもしれない。生い茂る草木は水草、地形や建物はオブジェとなり、その間を悠々と泳ぐ魚がいるのかもしれない。実際、南米はアマゾンを代表するような熱帯雨林では豪雨で森が沈み、通常時ではあり得ない場所を魚が泳げるようになる、なんてことも起こるという。ついでに、ナマケモノが泳ぐ光景も見られるらしい。水が注がれ、溢れることで、普通ではあり得ない光景が見られるというのは、まさしくファンタジーだ。


 雨に打たれると、世界は色を鮮やかにし、匂いも濃くなる。雲で陽光を遮られた薄暗い中、彩度を上げながらも陰と隣り合い、むっと鼻を突く匂いを漂わせる世界には、不気味な異界の趣がある。具体例を挙げるなら、和製ホラーゲームのような。薄暗く鬱蒼とした森の中に、明瞭な赤を保った丹塗りの鳥居が佇んでいる風景を想像するような、不気味さと忌避感がある。

 雨に打たれずとも、梅雨に覗く境界めいた感覚は、屋内でも感じ取れる。冷房で涼しく快適になった室内と、冷気が漏れないよう戸で隔てられた廊下や玄関。快適な部屋から、もわりとした空気が停滞したままの廊下へ出る時に感じる、濃くて独特な夏の気配。冬の時とはまた異なる境界と二つの空気が、家の中に現れるのだ。

 閉塞や隔たり、鬱屈や陰湿など、あまり好ましくないイメージと繋がりがちな季節が、開放的で自由なイメージを持つ盛夏の前にあるというのは、示し合わせのようで面白い。けれど、異界に通じるような感覚は、暑く明るい盛夏においても共通している。梅雨を含む夏という季節では、二つの正反対な存在と、その間にある境目が、くっきりとした存在感を持っているのかもしれない。


 うんざりと感じる時期も、想像一つで何だか楽しくなるものだ。残念ながら解消とまではいかず、気分転換止まりではある。が、毎年のように雨が降ると確定している時期はこの頃しかない。そう考えれば、ここを越えればという気にもなるし、貴重なひと時を楽しんでみようという気にもなれる。

 雨に垣間見る異界の気配、結界のような傘の下から覗く外界……夢見がち寄りな想像でなくとも、雨に打たれて美しく色づく花や苔、入り乱れる傘の風景を楽しめる。それが梅雨の醍醐味だと思う。

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諸々想紙 葉霜雁景 @skhb-3725

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