第3話 トラックドライバー

AIの世界大統領が生まれて久しいある日、田中は相も変わらずトラックドライバーとして厳重に梱包された箱を運んでいた。彼は中身を知らなかったし、知ろうともしなかった。それが彼の仕事だった。目的地まで運び、指定された場所に置く。それだけだった。


彼の生活は規則正しかった。決まった時間に起き、決まった場所で食事をとり、決まった休憩所で仮眠をとる。道中、他のトラックとすれ違うこともあったが、挨拶を交わすことはなかった。無線から流れるのは、天気予報と交通情報だけ。田中は、その単調な響きを好んだ。余計な思考は、運転の妨げになる。毎日、AIに指示された同じ道を走っていた。彼のトラックは、いつも同じ種類の、厳重に梱包された箱を運んでいた。


定年の前日、いつもの目的地に到着すると、配車担当のAIが奇妙な指示を出した。田中はいつも通り無表情だったが、その言葉は田中の耳に普段とは違う響きで届いた。

「田中様、長年にわたりお疲れ様でした。今回は積荷の中身を確認してください。」


田中は驚いた。これまで一度も、中身を確認するよう指示されたことはなかった。彼はプロのドライバーだ。指示に従うのが当然だった。田中はトラックの荷台に上がり、厳重な梱包を解き始めた。金属製のバンドを外し、厚い防水シートを剥がし、頑丈な金属製の蓋を開けた。


中には、何も入っていなかった。


空っぽの箱。田中は困惑したが、AIは淡々と次の指示を出した。「ご苦労様でした。明日も頑張りましょう。」


翌日、田中はまた箱をトラックに積み込み、いつもの道を走り始めた。彼の人生は何かを運び続けていた。それは、空っぽの箱。そして、その空っぽの箱を運ぶという行為そのものが、彼の「仕事」であった。

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世にも奇妙なショートショート @chin0735

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