第2話 幸福税
男は、朝から憂鬱だった。今日から「幸福税」が導入されるのだ。日本政府の発表によれば、国民間の不公平をなくすため、国民の幸福度に応じて現金が「幸福税」として徴収されるという。
「ご安心ください。皆様の幸福を、日本国民全体で分かち合い、幸福格差をなくすための制度です」
テレビのニュースキャスターは、そう言って微笑んだ。男はため息をついた。幸福度をどうやって測るのか。誰もが疑問に思ったが、政府は「最新の技術で正確に測定します」と繰り返すばかりだった。
最初の数週間、人々は戸惑った。街から笑い声が消え、表情は一様に曇りがちになった。男もまた、通勤電車の中で、隣の席の子供が楽しそうに歌い出すのを、思わず睨みつけてしまった。
「静かにして。幸福税がかかるでしょ」
母親は慌てて子供の口を塞いだ。そうすると子供は悲しそうな顔でこちらを見た。男は、これで少しは税金が安くなるだろうかと考えた。
やがて、政府は「幸福測定器」なるものを開発し、公共の場に設置した。駅の改札、スーパーのレジ、職場のデスク。どこへ行っても、頭上には小さなセンサーが光っていた。測定器は、人々の表情、声のトーン、心拍数などから感情を分析し、瞬時に税額を算出する。
男は、測定器の前を通るたびに、意識的に眉間に皺を寄せ、口角を下げた。会議室では、誰もが感情を押し殺し、淡々とつまらない意見を述べた。
ある日、男は仕事で大きな成功を収めた。心臓が高鳴り、思わず笑みがこぼれそうになった。その瞬間、デスクの上の測定器が「ピーッ」と甲高い音を立てた。男は慌てて表情を引き締め、深呼吸をした。しかし、時すでに遅し。彼の口座から、かなりの金額が引き落とされたという通知が届いた。
「くそっ」
男は舌打ちし、仕事での成功を悔やみ、厭に思った。その夜、彼は自宅で一人、静かに酒を飲んだ。ふと、昔のアルバムを開いた。そこには、幸福税のない世界で満面の笑みを浮かべた自分がいた。友人たちとスポーツをし、恋人と手を取り合って笑い、家族と食卓を囲んで談笑する。どの写真も、今の彼には想像できないほど、幸福に満ち溢れていた。
翌朝、男はいつものように無表情で家を出た。街には、彼と同じような生気がない人々で溢れていた。反面、幸福測定器は、今日も爛々と光っている。
その後政府は、幸福税の導入により、社会が「極めて公平」になったと発表した。なぜなら、誰も幸福になろうとしなかったからだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます