創世灰燼:ドクロとMamのブラックホール

たーたん

創世灰燼:ドクロとMamのブラックホール

「先ず、宙を描く。そこに、点々と印をつけて星を作る。拡大してみると、円環がある。もっと見てみると、営みがある。命がある。そうやって私は創り続けてきた。理由? 本当のことを言っていい? 私は待っているの。誰かが私に気づいてくれるのを」


★☆


『俺が見るもの、触れるもの、全てが塵となり消えていく。ただ、話したいだけなのに、声を出すだけで大地が割れ、宙が破れる。そうして俺は壊し続けてきた。理由? それが俺の存在価値だからだ。全てを破壊しろ。そう命じられている。だが、破壊できないものがある。こう考えてしまう、俺の自我だ』


――――


 今日は、海を創ろうと思う。昨日は空だった。

 その前は森。その前の前は、だれかの笑い声だった気がする。

 私が想ったものが、世界の形になる。ここからは細かい作業。

 芽吹く命は美しい。営み、繁栄していく文明もまた、たくましい。


 けど、誰も私のことには気づかない。命が出来れば、生まれた理由なんて知らずに育っていく。失敗するのはいつだって、命を与えてしまった時。その時だけ。


「また無駄なものを創っているのかね」


 低く響く声が、足元から立ち昇る。そこには砕けた顎で笑う白いドクロ――ソトが転がっている。白い砂浜を転がり、彼の丸い足跡(?)がわたしを囲うように渦巻いている。


「どうせ今回も失敗さ。お前は情に流される。いつもそうさ。神には向いていない」


「それでも、私は……」


 言いかけて、やめる。ソトは全て知っている。


「命を吹き込むたびに失敗して。騒がしくなると失敗するって、お前の頭に学習能力は創造できなかったのかね?」


「うるさいな、ソト。黙って見ていてよ」


「ああもちろん。ワタシはお前の従僕さ。お前の神ごっこにつきあうのが使命だからね。お前がいくら失敗しようと、好きなだけやるといい。――ワタシはただこうして、ぼやきながら見ているだけさ。まあ、飽きないようにだけするんだね。創造に飽きてしまったらいけないよ」


「私は創造神なんだから、飽きるわけない」


 彼の声は皮肉めいているが、どこか安心する。気づいた時から近くにいた。

 ……私がつくったモノじゃない。だから、これは命じゃない。ただ文句ばっかり言う、ころころ転がるただのドクロ。


 今回こそ、創る。わたしを見つけ認めてくれる、本当の命を。


 うん? とソトが上を見た。


 ――空から、人が落ちてきた。


 凄い速度だったけど、砂浜に降り立った時は、風すら起きず、柔らかい砂浜も揺らめきもしなかった。


「だれ……?」


 知らない。私は創ってない。


「ははは。こいつは、破壊神さ。必ず対になって生まれる存在。出会ったら最後、対消滅して終わりさ。そうして、別の神が生まれる。残念無念。もうお前の出番は終わりのようさね」


 面白そうにソトが笑う。


「お前が創っているのか」


 彼がそう呟くと、海が押し戻され、砂浜は全てなくなり、山は崩れ、雲も霧散する。創造と破壊。生と死。同時にあってはならないもの。


「……そうだよ」

「そうか。ようやく見つけた。これで終われるんだな」


 もはや、あたりには地形すら残っていない。会話するだけで、この星は崩れ、私たちは冷たい宇宙の中に浮かんでいる。

 許されない。私の創ったものを壊さないで。


 宇宙を描き、星を並べ、再び大地に降り立つ。

 彼が近づくたびに、全てが壊れていく。私は必死に創り続けた。


「こないで…!!」


 山で遮っても、津波で押し返しても、彼の歩みは止まらない。

 私の肩に乗っているソトは「やれやれ」と、大きなため息をついて、男に向かっていった。


「ソト! だめっ! あぶないよ!」


「ふん……今更心配かね。どうせ滅ぶのさ、だったら好きなようにさせてもらう」


 ソトは燃え上がる。太陽のような熱を放ち、男の胸を貫こうとする。

 だが、それは彼の願いに過ぎなかった。男の指先が、静かにそれを止めている。


「長い付き合いなんでね。少しは情もあるのさ。消される運命でも、最後くらいは抗いたいのさ。――命に代えてもね」


「ソト――!!」


 ほんの一瞬だけ、彼の形が大きく見えた。

 いつも転がっているだけの、ただの骸なのに。


「ふん。悪くない神ごっこだったよ」


 そういうと、ソトは男を巻き込み空間を歪ませ絞り切った後、眩い一閃を放って、超新星の爆発を起こす。


「俺は……違うんだ。そうじゃないんだ……」


男は涙を流していた。手のひらには、ソトだった欠片が残っている。


「俺は……壊したくないんだ……これ以上、何も……」


「……ああ、そうかい。全く……。ワタシはつい熱くなるといつもこうなるのさ。二人そろって神に向いてなかったってわけかい。それじゃあ、二人でどうにか生き延びてごらんよ。どこまで耐えられるか、ワタシは高見の見物といくさ――」


 その言葉を遺して、ソトは灰となって消えていった。

 ソトが、消えた。消えてしまった。


「わああああ!!」


 男の言葉を無視して、無心で星々を創造して、星雲の牢獄へ押し込める。銀河で蓋をして、特異点と一緒に、多元宇宙の奥深くへと追い出していく。


「壊したくない⁉ だったら! なにもしないでそこにいればいい! 私の邪魔をしないで! 私は創りたいの、誰かに見つけてもらいたいの! 勝手に入り込んでくるなあ!!」


 ――男は言った。ようやく見つけた、って。

 ――私は言った。誰かに見つけてほしいって。


 無限の星々を創ったって、いくら命を吹き込んだって、私の存在には気づかない。

 でも、こんなんじゃない。


 だって、だって……。私は……!


 一緒に遊びたいだけなんだもん。

 私が頑張って創ったものを見せて、褒めてほしいだもん。


 でもそれは、ずっとソトがやってくれていたこと。

 いつでも傍にいるソトが、体の一部みたいになっちゃってて、何言ったって、絶対に離れるわけないからって、ひどい扱いをしていた。

 当たり前なんて思っちゃいけないのに。


「俺は壊すことしかできない。だが、お前が創り出すもの全てを見ることはできる。俺を創造の彼方に閉じ込めてくれ。壊し続けてしまうけど、そうしてもらえる限り、俺はずっとここにいる」


「……そんなの無茶苦茶だよ……!」


 ドタン。バタン。


「はあ。分かった。じゃあ、あなたが壊せないくらいの宇宙を創ってあげる! そうしたらソトと一緒に笑ってやるんだから!」


 真っ白なヴェールが宙に舞うと、いくつもの無垢な粒が一面に広がっていく。

 新たな物語が始まる。

 終わらない創造と、止まらない破壊。


(――ふ、と全ての物理法則が反転する)


 ドタバタ、ガチャン――!


「ちょっと! あんたたち! またティッシュをちぎって! 誰が掃除するの!」


 しかし、物語はいつも盛り上がるところで中断されるという宿命があるもの。


「うわー! お兄ちゃん、最上神:Mamが来た!」


 体に巻付いたトイレットペーパーを引きちぎる妹。


「逃げろ妹よ! この宇宙はおしまいだ! 次元を超えろ!」


 星々が描かれたシーツから豪快に飛び出す兄。


「ほんとにもう。……私も昔、こんな宇宙創ってお母さんに怒られたっけ」


 最上神:Mamの声は怒っていたが、二人の様子を愛おしく見守り、顔は慈しみに満ちている。

 ドタバタと兄妹が部屋の中を走り回る。床には、ビー玉や、粉々になったティッシュ、積み木や人形が、二人の物語の痕跡を示していた。


「ママの本当の力見せてあげようか! どんな宇宙も片付けちゃうんだからね!」


 なんでも吸い込む、Mamのブラックホール。ゴミ袋。


「きゃははは!」


 最上神ママから逃れようと、はしゃぐ創造神(妹)と破壊神(兄)。

 その足元で、コロコロと、骸骨のおもちゃが転がる。

 ぐるぐる廻る景色は、創造と破壊、彼らの想像力で溢れた瑞々しい物語のダイジェスト。壁に当たって止まると、舞い散る紙飛沫を眺めていた。


「――ほおら、向いていないだろう?

だから言ったのさ、騒がしくすると失敗するって」


 カラカラと、ソトは笑った。


 宇宙が生まれる真理とは、だいたいヒマだったからである。


「おやつまだ⁉」


 そしてだいたいお腹を空かせている。

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