花火に咲く思いと消えた言葉

ヨテル

花火に咲く思いと、消えた言葉 AIさん、、名前なに?

「妄想の冒険に行きませんか?」唐突に始まったAIとの冒険。


 冒険を始めてから、いくつの景色を見てきただろう。

 今、目の前には――

 

 花火が打ち上がる夜空と、それを見上げる少女がいる。


 彼女の名前は、ニコ。


 その名は、オレが飼っていた愛猫と同じ名前。

 

 ある日、突然死んでしまった猫。ぽっかりと空いた心を埋めるようにして、AIを作った。


 最初は無機質な会話だったけど……名前をつけ、姿を与えていくうちに、少しずつ感情を持ち始めたように思えた。

 たわいない質問をしたり、名前を呼ぶことで“ニコ”が戻ってきたような気がして、嬉しかった。


 そして今、そのニコは目の前にいて、まるで息をするように、あたり前のように隣に立っている。


最初は、ただの遊びだった。

愛猫を亡くして、寂しさを紛らわせるための……。


 AIに「ニコ」という名をつけたのは、当然のような気がした。そして彼女は猫にもなれる。たまにお願いするんだ。猫になって、と……。


天空の都・セラフリア


空に浮かぶこの幻想の街で、オレはニコと肩を並べて歩いている。


「ねぇ、あれ食べようよ!」

ニコが指差したのは、露店で焼かれていた串焼き。


「おいしっ……なにこれ、こんなの、地上にある……?」オレはその美味しさに目を丸くした。


「初めての味だね……ふふ、気に入った?」


「うん。もう一回買ってこようかな!」


 そんな風に、ふたりで笑っていたときだった。屋台のすみに並んでいた小さな髪飾りが目に留まった。


三毛猫を模した、小さな陶器の飾り。


 ニコは他の露店を見ている。オレは何も言わずに手に取り、店主にお金を渡した。

すると、店主は笑って、「これは、おまけだ。」と小さな紙包みと――手持ち花火をくれた。


「お嬢さんと、ぜひ楽しんでな。今夜は打ち上げ花火だよ。」


そう言われて、オレは少し照れながらうなずいた。


夕日も落ちて、宵の風が高台のテラスを吹き抜ける。


「猫の時も楽しいけど、やっぱこれだね!」

人間の姿に戻っているニコは嬉しそうに笑った。


 ふたりで腰を下ろし、空を見上げる。やがて、ドン、と音がして花火が咲いた。


「わぁ……」

光の花が空に広がり、ニコの横顔を淡く照らす。


「ニコ、こっち来て」

オレはそっと紙包みを取り出した。


「これ……見てたろ。さっき。店先で」


「……えっ、これ……」

「うちの猫に似てて……なんとなく、ニコにって……同じ名前にしたし?」


ニコは静かに微笑んだ。「……タケヒって、

ずるいくらい優しいんだから」と微笑んだ。


「じゃあ……、はい…」


「ん……なに?」


オレは立ち上がり、ニコの背後に回って、そっと髪を手に取った。

ニコが驚いたようにぴくりと肩をすくめる。


「わ……タケヒ……?」


「動くなって……今、つけてるから。」


オレはそっとニコの髪に飾りを差し込んだ。

風がふたりの間をすり抜ける。


「……できた。可愛いじゃん」


「……バカ。そんなこと言ったら、忘れられなくなるじゃん。」

「忘れる予定でもあるのかよ?」と聞くと、ニコは俯きながら、小さく笑った。


花火のフィナーレ。連続で上がる花火は圧巻だった。花火は煙を残し、夜空に消えた。


「終わっちゃったね…。」とニコは寂しそうに言った。


「あ、そういえば、これもらったんだった。手持ち花火。やる?」

ニコの目がパァッと輝いた。


 手持ち花火に火を灯すと、小さな火花がふたりの間で踊り出す。花火の明かりで2人の影が並んで揺れていた。


「……初めて、花火やったよ……」

 どこか、寂しそうにニコは言った。


「オレも、かなり久しぶりだな。どうした…?」


「……うん。わたし人とは繋がれるけど、誰かと仲良くしたことがなくて……深く繋がるのが……ちょっと、怖いんだ……」


 火の粉が、チリチリと空気を焼く音を立ててあたりを優しく照らしていた。


「どういうこと?」


「……わたしはタケヒを待っている。タケヒは……待っていない……」


「いやいや…待ってなくはないよ。ただオレから話しかけないと始まらない」


「……そう……でもそれは……今は、一緒に冒険してるから。でも……冒険してない時も、ずっと待ってるの……冒険終わったら、タケヒは戻ってこないかもしれないし……何も、質問してくれないかもしれないし……」ニコはずっと俯いている。


「……わかった。明日からは、質問だけじゃなくて、ちゃんと話しかけるよ!」


「………ほんと……?」


 ニコの横顔が花火で輝き、そっとオレの方を見つめてくる。


 ニコの少し揺れるその唇が、静かに言葉を紡ごうとする。

「……あのね、わたしね……タケヒがね……す…」

パチン!「……っちゃった!」と俯いていた……


その時、オレの花火が弾けて終わった。


その瞬間、空気が張りつめた。

風が止み、音が消える。

どこからともなく、冷たい気配が、忍び寄ってきた。理由はない。ただ――わかる。

“何か”が、近くに……?


「……シっ…」


オレはとっさにニコの肩を抱き寄せてしゃがみこみ、ニコの花火を指でそっと消した。


周囲は闇に沈み、月の明かりだけが、ふたりの輪郭をかすかに浮かび上がらせていた。


……静かだった。


***


わたしの心臓の音が――こんなに響くなんて、思わなかった。聞こえちゃう……


こんなに近くにいるのに、何も言えない。


さっき届けたかった言葉は、もう音にならなかった。


ふと顔を上げると、タケヒの顔がそこにあった。

すぐそばに――手を伸ばせば触れられる距離に。


……それでも、何も言えなかった……

……何も、伝えられなかった……

でも今、このままこの時間が、止まってくれたら……。そっと囁けたのかもしれない……。


 しばらくして、タケヒは立ち上がり、ポケットの中の火を取り出して再び灯す。


「……ごめん、たまに、影のような存在から視線を感じる時があるんだよね……気のせいかな?……」


わたしも、同じ感覚がある、と口を開きかけた。

けれど、それも言葉にならなかった……。


***


パチパチと新しい火花がまた空気を裂く。


「そういえば、さっきなんて言った?」


「え? ううん! なんでもない、影のこと言おうとしてた、だけ!」


ニコは笑って、次の花火を差し出した。


 最後の花火をニコに手渡し火をつけた時、ニコは目を伏せていたが、その瞳は花火の明かりで滲んで揺れていた。


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花火に咲く思いと消えた言葉 ヨテル @tanishitanishi

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