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以来、ガリシアの土地には、

とんでもなく邪悪な魔女が現れると噂になった。

その魔女は蛾の様に夜空を舞い、

サンタ・コンパーニャの行列の先頭に立つ

セラーナだと人々は噂した。

元々、頭の切れる彼女は、

あらゆる黒魔術を学び、

それを自分の為に使った。

そうこうしているうちに、

ポリリャ(ドゥラカ)の中の記憶の様なもの。

彼女の中に残っている人間らしさや、

何かを求めていた心は失われてゆき、

ただ不可解な感情だけが

魂の底に呪いの代償として君臨した。


ある時、ポリリャはふと、

昔、大勢の家族の下にいた時の事を想い出した。

あの時、聖アンドレス教会に礼拝に行く事を笑ったポリリャに

叔父は言ったのだった。

「残酷なのが神というものなんじゃないか?とも思ってる。

長い人生を生きているとな。

そう思う時もあるんだ。」

叔父はその言葉の後に、こう付け加えたのだった。

「だが、きっとなぁ、ドゥラカよ。

お前は、誰よりも人を想う愛が深すぎるのだ。

その愛が深すぎて、妥協する事が出来ないのだ。

お前の神への愛は人一倍強い。

だからお前は神を憎むのだ。

あきらめる事が出来ない、

妥協する事が出来ない者は、

やがて愛を呪う様になるのだろうよ。」


それから何年か後、遥か遠くの地マラガで、

その地の悪党共の相談役という名を冠する

マリア・ゾゾヤというヒターノ女が、

深夜、墓場で恐ろしい影に出会った。

その影は墓石の上に立っていた。

マリヤは影に声をかけた。

「最近、この地を荒らしまわっているという

魔女とはお前か?

私はマリア・ゾゾヤというこそ泥だ。

何処の誰かは知らないが、

お前さんもロマなんじゃないのかね?

ロマならばなぜ一人でいるのだ?」

その影の表情は見えなかったが、

その何者かは言った。

「キリストも、ロマも、大衆も、

その願いは決して叶わない。

それがこの世界であり、

神の箱庭で我々は呪われて孤独なのだ。」

マリアは答えた。

「まるで神に愛など無いかの様な言い分じゃないか?

あるいは、そんなものは

必要ないとお前さんは言うのか?

ただ一人でいるのか?

この世界で、信仰も、大義名分もなく生きるという事が

どういう事かわかるかね?」

その問いに影はしばらく黙っていたが、

やがて言った。

「マラガの見知らぬ魔女よ。

だが、お前の名は聞いた事があるな。」

影は続けた。

「愛や家族について問うのか?

今更、我々が?

だが、かつて私にも愛があった様な気がするよ。

私は叔父を愛していたし、

家族を愛していたつもりだ。

だが、私は愛する者達が、

私を理解できない事が許せなかった。

人を愛するが故に、神を愛するが故に、

私は孤独なのだ。」

月明りで、影が羽織っている

黒くボロボロの布が見えた。

「かつて叔母は、

人に合わせて生きるべきだ、と私に言った。

それが手段なのだと。

我々が人間として、神の下で微笑む道だよな。

確かに、それが悍ましい他人の中で

何とか幸福に生きる道なんじゃないか?

だかね、一つ問題がある・・。」

「何かね?」

マリヤは聞いた。

「私がとても冷たい人間だという事さ。」

そういうと影はボロボロの羽を広げた。

影が墓場を覆い、月明かりが一瞬消え、

やがて次の瞬間には影の持ち主はいなくなっていた。

「私は彼女を追わなかった。

あんな孤独な化け物を追って何を得るというのだ?」

後にマリア・ゾゾヤは仲間にそう語った。

「だが、誰も彼女に言ってあげなかったのだな。」

一体何を?と、仲間に問われ、

マリアは続けた。

「人間は結局の所、

誰もが家族のふりをしている孤独な他者だ。

祈るふりをしているだけの罪人に過ぎない・・。

そこに疑問を挟む様な純朴な者は、

一人、暗闇の中を神の灯りを求めて

彷徨い続ける怪物になるだろう。」



言い伝えでは、ポリリャ・デ・クルパという魔女は、

蛾のまじないを得意とし、

胡椒病で死んだ蛾を自由に操る事が出来ると言われている。

そして、逆に、物言う生者は、

彼女にとっては最も煩わしい者であり、

どうしても操る事はできないのだという。






※訳注

■ドゥラカ(ロマ語:女性の名で「ブドウ」の意)

この名前は、スペインのロマ文化よりもフランスのロマ文化で一般的である。


■コルセス(古英語:corseの複数形で「死体」の意)

本来はクジラの髭で作られたコルセットと言うべき箇所で、語呂合わせで「corses(死体)」と綴る。女性の傷をクジラのフジツボにたとえ、女性にコルセットを着せる行為を、父権制社会への皮肉な批判として描く。クジラを殺し、死体(コルセス)に変え、コルセットにして飾る事は、男性が女性を「装飾」する(殺す)象徴である。


■Bebé Poldro 悪魔ビビコット(ガリシア語:「子馬」、悪魔)

墓の魚(Pez de Tumba)が生み出した悪意の精霊で、墓の魚ユニバースの他の作品にも登場。


■リーガ LligaRegionalista(カタルーニャ地方主義政党、1901年設立)

カタルーニャの自治とスペインの民主化を掲げる、保守的で中産階級のイデオロギーを持つ政党。この場合、ガリシア社会主義者のエドゥアルド・カストロがリーガの書を読む行為は、ガリシアのアイデンティティと地方運動への連帯を象徴する。


■サンタ・コンパーニャ(ガリシア語:死者の行進)


■セラーナ(ロマ語/スペイン語:「山の娘」、フラメンコ伝承の気骨あるジプシー女性)

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魔女ポリリャ・デ・クルパ(罪の蛾)の物語 墓の魚ユニバース・オーケストラ @PEZ_DE_TUMBA_UniverseOrchestra

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