第56話 定められた未来への反逆⑦

 刹那と永劫、それぞれの悪いところだけを押し付けられているような気分だった。


 神田が笙造のもとを訪れてから、既に20分の時が過ぎている。ミョルニルと補助部隊員30人との接続が完了し、起動準備が整ったのは5分前。


 ミョルニルの超長距離狙撃砲はすぐにでも発射可能だ。『A.I.O.Nアイオーン』から指示された予定時刻も過ぎている。発射を保留している理由について『A.I.O.Nアイオーン』への言い訳は立たない。


 だが、それでも、縋るような気持ちで、笙造は神田からの連絡を待ち続けている。


 タイムリミットである、飛行要塞型イーターからの第二撃目発射の時刻まで、あと10分。それまでに、神田が飛行要塞型イーターを撃墜できなければ――笙造は、自らの手で、30人の部下の命を奪うボタンを押さなければならない。


 全員、比奈子と同じ年頃か、それより幼い少女達だ。正規の桜花部隊員には選ばれなかったが、それでも強い正義感と使命感を持つ、善良で健気な少女達だ。


 そんな子ども達の命を、今から一発の弾丸に変換しようとしている。


 ……本当にそうするべきなのか?


 30人の犠牲で桜都200万人の命を守れるとして、人の命の価値をただその数の多寡のみで判定することが、本当に正しいと言えるのか?


 「皆のために死んでくれ」という理不尽極まりない命令を受け入れて、今この瞬間も震えながら最期の時を待っている彼女達に報いるだけの価値が、この街にあるのだろうか?


 昨夜のうちに散々し尽くした自問自答が、僅かな時の隙をついて再び鎌首をもたげてくる。笙造はかぶりを振った。


 考える意味はない。結局のところ、笙造には「比奈子の命を最優先する」以外の結論は出せないのだ。


 だが……そうだとしても。彼女達を犠牲にせずに済む可能性が、少しでもあるのなら――。


「頼む……!」


『あのー、もしもし? お取り込み中のところすみません』


 思わず溢れた祈りの言葉に応えたのは、この緊迫した状況にまるで似つかわしくない、明るい調子の少女の声だった。


 誰のものともわからぬ声が突然聞こえたことに、笙造は警戒して弾かれたように立ち上がる――当然頭をよぎるのは昨夜の伝令者の訪問だ――が、辺りを見回しても人影はない。


『あ、ここですここ。あなたの端末リーフにお邪魔しています』


 驚いてポケットから端末を取り出す。ディスプレイには、なぜか見慣れぬドット調で笑顔の顔文字が表示されていた。


『どもどもー⭐︎ 初めまして、鳳笙造さん。ワタシはコミュニケーションサポートAIのプリムローズと申します。以後お見知り置きを!』


 プリムローズと名乗った謎の声は、笙造が疑問を持つことを遮るかのように畳み掛ける。


『さてさて、時間がないので手短に。現在神田司令官の発案による、テクトン・メナス――あ、例の飛行イーターの識別名です――の討伐作戦が進行中でしてね、撃墜の算段はついたんですが、ちょーっと拭い切れない不安要素がありまして。ご主人サマの予想だと、テクトン・メナスからの次の攻撃が、あなたがA.I.O.Nアイオーンから聞かされている時刻より早く来ちゃうかも知れないんですよねぇ』


「⁉︎ な――」


『そこでご相談なんですが、もしもテクトン・メナスを撃墜するよりも向こうからの攻撃の方が早かった場合、ミョルニルを使って防御してもらえないでしょうか? あ、発射のタイミングはワタシが合図しますので』


「……お前は……A.I.O.Nアイオーンの差金か? うまくいく保証のない神田の策を当てにして発射を渋っていないで、さっさとミョルニルで奴を撃てと……そう言いたいわけか」


『え⁉︎ いやいや全然違いますよぉ! あなたにお願いしたいのは防御であって、ミョルニルを攻撃に使って欲しいワケじゃありません。そんなことしたらコレに接続してる女の子達が死んじゃうじゃないですかぁ』


「何を言ってる? コイツに防御用の機能なんて備わっていない」


「ありますよ。


 さっきから訳がわからない。改造? オーパーツ化している100年前の桜力兵器に、誰がそんなことができると――


 ……いや。


 いた。一人だけ、実際にそれをやってのけた人物が。


 骨董品と化していたミョルニルに、曲がりなりにも桜力の供給機能を復活させた技術の持ち主――万能の天才少年。


「お前……まさか、久遠寺理仁くおんじりひとの⁉︎」


『ご明察のとおり! 実はですねぇ〜、以前の再稼働計画でご主人サマがミョルニルをいじった時、制御システムの空き領域にこっそりワタシを入り込ませてたんですよねぇ。あ、ついでにミョルニルを通じてさっきあなたの端末にも侵入させていただきました』


 思えば不思議だった。何故神田は尋常じゃない速さでミョルニルの再稼働を嗅ぎつけることができたのか。


 その答えがこれか――ミョルニルのシステム自体に奴のスパイが入り込んでいたからだ。


「ご主人サマ、"ぽや〜"ってしてるように見られがちですけど、アレで案外負けず嫌いなんです。だからミョルニルの再稼働がうまくいかなかったこと、結構気にしてましてね? 計画が中止された後も、ワタシを通じて遠隔操作でプログラムの改造を続けてたってワケです』


「……だとしても! その防御機能とやらにも桜力を消費するはずだ。どちらにせよ桜力の抽出が必要ならば、あの子達を犠牲にすることに変わりないだろう!」


『いいえ。この方法は誰の命も必要としません。

 ご主人サマが新しくミョルニルに付与した機能は、「桜力結界を弾丸にして発射する」というもの……コレにより、射線上の任意地点に局所的な防壁を発生させることができます。そして何よりも特筆すべきは、その発動に、補助部隊員の皆さんが使という点なのです。


 ミョルニルの使用がなぜ桜花戦士の命を脅かすのか……その原因は、正規の方法でない桜力の抽出に対して、神樹の枝が拒絶反応を起こして暴走するから。補助部隊員が本来持つ「結界を形成する」性質の桜力を、無理矢理「攻撃用の桜力」に変換して抽出するのがマズイというわけですね〜。


 ここまで言えばもうお分かりでしょう? 結界弾の発射には、「結界を形成する」桜力があればいいんです。本来の桜力をそのまま使うだけなのだから、神樹の枝が暴走することはありません』


「………………!」


『もっとも、結界弾も大量に桜力を消費してしまうのは間違いないので、使えるのは一回限り。ミョルニルを攻撃に使うか防御に使うか、どちらかを選んでいただく必要があるんですが……どうかここは一つ、防御の方でご決断いただけませんかねぇ? 攻撃はきっと神田司令官がなんとかしてくださいますし、それに何より、』



『理仁様の技術を、人を傷つけるために使うことは決して許しません』



 その瞬間。


 その声色だけは、それまでの快活そうな少女のものとは全く異質の、無機質で抑揚の無い機械音声に変わっていた。……だが何故だろうか。最も非人間的なその音声にこそ、最も人間的な、恐ろしいほどの感情が籠っているように感じたのは。


『なーんちゃって⭐︎ ビックリしましたぁ? 今のは唐突に機械っぽさを演出することにより、ギャップで相手をビビらせる高度なAI話法の一つでして――』


「お、お前……お前は一体……何なんだ⁉︎」


『やだなぁ、さっきも言ったじゃないですか。ワタシはただのしがないコミュニケーションサポートAIですって……あ、ヤバ。やっぱり敵の方が早いみたいです。今すぐ結界弾を発射しないと間に合いません』


「は……な、んだと……⁉︎」


『どーしますか? と言ってももう選択の余地はありませんけど。……でも、本音は全然迷っていないでしょう?』


「………………」


 ……ああ、そうだ。


 AIだかなんだか知らんがこいつの言う通り。

 こんな風に、別の選択肢が――比奈子もあの子達も犠牲にしなくて済む選択肢が最初からあったなら、一瞬たりとも迷いはしなかった!



 テクトン・メナスが発射した真紅の魔力砲は、音を割る速度で上空40000メートルから地上へと一直線に振り下ろされた。


 だがその破壊的な一閃は、桜都を貫く直前で堰き止められる。


 突如として斗悟達の真上に現れた、桜力の「盾」によって。


 それは白く輝く巨大な正六角形のプレートであり、球面のように湾曲した装甲で魔力砲の威力を分散させ、桜都の範囲外へと受け流していた。


 ――これが、神田司令官の言っていた、一度限りの防御手段か!


 魔力砲と盾が押し合う衝撃は凄まじく、桜都全体が震えているようだった。近くにいる斗悟達は体ごと吹き飛ばされそうになったが、しかし辛うじてその場に踏み止まる。


 今回テクトン・メナスが放った魔力砲は、結界を破壊した一撃目とは違い、一発の砲弾ではなく継続する光線状の攻撃のようだった。持続して降り注ぐ魔力の光線を、盾が全て受け止めているが――次第に、亀裂が走り始めている。


 ――破られる……⁉︎


 逃げるべきか。いやダメだ。ここで反撃体勢を解くわけにはいかない。


 この砲撃を凌ぎ切った直後こそが、テクトン・メナスを撃ち落とす唯一のチャンスなのだから。


 どのみち今更逃げても間に合わない。腹を括って、神田が用意してくれた防御手段を信じるしかない!


 亀裂が急速に広がっていく。そして。


 ――盾が粉々に砕け散ったのは、真紅の魔力光線を完全に防ぎ切った直後だった。


『今だ! 反撃を開始しろ!』


 神田の叫びに呼応するように、斗悟と比奈子は咆哮し、遥か上空の敵を目掛けて最大の一撃を解き放った。

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