第57話 定められた未来への反逆⑧
直前の作戦変更というイレギュラーに見舞われながらも、愛理が取った行動は的確だった。
テクトン・メナスが魔力砲を発射している最中、その巨体に絶えず斬撃を浴びせ続け、ついに防御用に展開されていた魔力障壁を削り切る。そして魔力を使い果たしたテクトン・メナスの砲撃が打ち止めになった瞬間には、彼女はもう顎の中に侵入していた。
イーターの口の中に飛び込むなど、普通ならば自殺行為でしかない。だがこの巨大で堅牢な敵を倒すには、口から内部に攻撃を通すことが最も有効だと、愛理は直感的に理解していた。
「ハァアアァアアァッ!」
裂帛の叫びと共に、渾身の桜力を纏った光翼の回転攻撃で、テクトン・メナスの全ての前歯を根こそぎ消し飛ばす。更に桜力粒子で巨大化させた刀を舌と口蓋に突き刺し、口を開いたままに固定して口腔内を脱出した。
「これで奴は丸裸だ! 弱点を守る術はない! 斗悟、比奈子、後は頼む!」
地上には、ソフィア本部を覆うように、星の旋律を五線譜に描く夜空の天球が出現する。
スタースケールの『
標的との直線距離はおよそ40km。到底手動で照準を合わせられる距離ではないが、共有された愛理の視界と、テクトン・メナスに突き立てられた花篝の桜力をマーカーにして、二条の閃光はテクトン・メナスの口内に吸い込まれていった――そして。
『⬛︎⬛︎――⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎―⬛︎⬛︎⬛︎――――!!!』
愛理の聴覚を通じて、金属質な断末魔とでも言うべき不協和音が響き渡る。テクトン・メナスが致命的なダメージを受けたことは疑いようもなく、斗悟達が勝利を確信しかけた時。
『何だ⁉︎』
テクトン・メナスの口から入った桜力光線は、しかし体を貫くことはなく、拡散して口の外に溢れ出している。
奴の口内で、何かが光線を弾いているのだ。正体を確かめようと近づいた愛理が目にしたのは、
――見覚えのある、
「あれは……!」
ウェンディゴ・メナスの時と同じだ。いや、あの時よりも亀裂が拡がっている。そして、中から
あれの侵入を許してはいけない。ウェンディゴ・メナスとの戦いを思い出し、全員がそう直感する。
だが……。
「ぐ…………!」
「比奈子!」
斗悟が隣を見ると、比奈子が苦悶の声と表情を浮かべていた。その首元から顔にかけて、皮膚の下に肥大化した血管のようなものが浮き上がってきている。
「比奈子、それは……⁉︎」
「心配……しないで。攻撃に集中して、斗悟くん」
『よせ比奈子! それ以上無理をすれば、お前の体が保たない!』
切羽詰まった神田の声から、比奈子の体に深刻な異変が起きていることは理解できた。しかし。
「平気、だってば」
『攻撃をやめろ比奈子! これは命令だ! そのまま
「……今攻撃をやめたら、
『……お前……!』
「だからって、代わりに特攻しちゃダメだからね、愛理。あんたは地上に戻ってくる分の力を残しておかなきゃ。愛理は……人類みんなの、希望なんだから。あたしかあんた、どっちかだったら、絶対あんたが残るべきなの」
『何……、何を言ってるんだ、比奈子! やめて!』
――ダメだ。
「こういうパターンも、あるかもしれないって思ってたからさ。最期に言い残すこと、色々考えたりしてたんだけど……ダメだね。いざその時になると、用意してた言葉、何にも出てこないや」
――ダメだ。そんな。
比奈子の目から一筋の涙が溢れる。
「愛理、ノルファ、蓮ちゃん。神田司令、東條教官、鞠原先生。和美おばさん、ブルースター・ガーデンのみんな。パパ。それに……斗悟くん。
大好きなみんなのために戦えて、あたし、しあわせだったよ。ありがとう――さよなら」
――ダメだ、そんな、遺言みたいなこと……!
比奈子がカッと目を見開き、全身から命を燃やし尽くすような輝きの桜力が噴き上がる。
「やめろぉおオオ――!!」
――比奈子ちゃんを助けたい? 斗悟。
助けたい。いや……助けなきゃダメなんだ。比奈子や愛理達、桜花戦士の犠牲の上に得た勝利なんて、何の意味もない。
オレはもうこれ以上、誰一人犠牲にせずに人類を救ってみせる。
――それはとっても難しいことだよ。本当にできると思う?
できる。必ず成し遂げてみせる。
オレは一人じゃ何もできない。みんなの信頼を託されて初めて、絶望を覆すだけの力を振るうことができる。
だからこそ、オレは――オレだけは。
どんな絶望的な状況だって、最高のハッピーエンドを諦めちゃいけないんだ。
オレ自身が、最高の未来を心から信じていなきゃ、みんなの大切な未来を託してなんかもらえない。
だからオレは信じる。そして、
必ず、誰の犠牲もなく、全てを救って勝利を掴むことを――!
――……うん。それでこそ。
「それでこそ私の大好きな、かっこいい斗悟だよ!」
それは、瞬きの刹那に斗悟が見た、ただの幻覚だったかもしれない。
或いは爆音に麻痺した鼓膜の内側で生じた、単なる幻聴だったかもしれない。
それでも斗悟は確かに感じていた。
笑顔で斗悟の背中を押してくれた、桜夜の存在を。
「ウオォオオォオオオ――‼︎」
咆哮と共に斗悟から溢れ出した桜力が渦を巻いて、比奈子と斗悟の体を、二人の雷霆万鈞の銃身ごと包み込んで中心に引き寄せる。
「⁉︎ 何……きゃっ」
斗悟の方に引き寄せられてバランスを崩した比奈子の体を、斗悟が片腕でしっかり抱き留める。もう片方の腕は雷霆万鈞を支え、上空へのエネルギー照射を維持していた。
「斗悟くん……?」
「比奈子。人類の命運を、君一人に背負わせたりしない。オレにも一緒に、背負わせてくれ」
比奈子はその言葉にハッとして、彼が構える雷霆万鈞を見上げる。手を放してしまっていた彼女自身の
やがて銃身が重なった瞬間、眩い光を放ち、二つの雷霆万鈞が一つになった。
二つの持ち手と引き金を備えた、水平二連装式の新たな姿に生まれ変わったのだ。
『斗悟と比奈子の桜花武装が……融合した……⁉︎』
驚愕する愛理の声を聞きながら、比奈子は体中を蝕んでいた痛みが引いていることに気づく。右肩を中心に進んでいた神樹の枝の侵食痕もいつの間にか消えていた。
「さぁ……やろう比奈子! オレ達でこの戦いを終わらせる!」
「……うん!」
溢れ出る涙を拭って立ち上がり、比奈子は斗悟と並んで雷霆万鈞のもう一つの引き金に手を添えた。
そして。
「貫けぇえええーーッ!」
斗悟と比奈子、そして彼らを信じる桜花戦士達の想い全てを威力に上乗せした、最大最強の一撃が、二連の銃口から一直線に放たれた。
極大化した桜力の光線は、40kmの距離を経ても一切衰えることなくテクトン・メナスへと到達する。その威力は、空間の亀裂、そしてその奥に潜むモノが生み出した魔力障壁を諸共消し飛ばし、テクトン・メナスの巨体を完全に貫いた。
「…………⬛︎⬛︎……」
体内に蓄えていた魔力が行き場を失って暴発したのか、断末魔らしき僅かな余韻は、テクトン・メナス自身の大爆発に呑まれてかき消されていった。
「勝っ……た……」
そう意識した瞬間、斗悟の全身から力が抜けて、桜花武装の融合が解除されてしまった。疲労感でふらついていたが、先に比奈子が倒れ込みそうになり、斗悟は慌てて彼女の体を支えた。
「比奈子! 大丈夫か⁉︎」
「斗悟くん……あたし、もうダメ……」
「……! そ、んな……」
間に合わなかった……のか? 神樹の枝の暴走は収まったはずだ、だが、比奈子の体は既に手遅れなほどのダメージを受けてしまっていたと……?
「ダメだ……ダメだ比奈子! 諦めるな!」
「今すぐ王子様がキスしてくれないと、死んじゃう……」
「そんなこと言うな! まだ必ず助かる可能性が――え?」
「ん〜〜……」
「…………おい」
「あれ。バレちゃった?」
唇を尖らせて顔を近づけつつあった比奈子は、斗悟の低い声を聞いて目を開け、ぺろりと舌を出した。
斗悟はため息を吐く。
「本気で心配したんだぞ……」
「あはは、ごめんごめん。今ならワンチャンあるかなー、と思って」
「あのなぁ!」
「でも、2回も不意打ちするのはフェアじゃないよね。次は……君の方から『キスしたい』って思ってもらえるように頑張るから。応援してね?」
イタズラっぽく言う比奈子の微笑みに、怒る気持ちなど1秒も保たず霧散させられてしまう。
――全く、敵わないな。
ともあれ、テクトン・メナスを撃破し、比奈子の無事も確認できた。今回の戦いもこれでようやく終わったと安堵した時、
『――待ってくれ。亀裂が閉じた場所に……
愛理の報告に背筋が凍る。
「まさか、まだイーターが⁉︎」
『いや、それにしては様子が変だ』
共有された愛理の視界に映っているのは、光り輝く物体が宙に浮いている光景だ。少しずつ高度を下げてくるその物体に、愛理は警戒しつつ近づいていく。
「あの光……どこかで……」
そう呟いてすぐに思い至る。あれは――女神の光だ。女神イリーリスが、巨大イーターの蔓延る異次元空間から斗悟を逃す時に使ったバリアとそっくりの光を放っている。
『あれは……イーターじゃない。人間だ!』
そう気づいた愛理が速度を上げて光に迫る。近づくとやはりそれは、内側に人間を守っている球形のバリアだった。
愛理が桜力の翼でバリアを掴み、中の人間の姿を覗き込む。
『桜力で触れても浄化されない。やはりこれはイーターに由来する力じゃないんだ。……こんなところに人間が現れるなんて、一体どういうことだ……?』
愛理の疑問はもっともだ。高度4万メートルの上空、それもイーターが開いた亀裂と同じ座標に突如として人間が現れるという状況は理解を超えている。あまりにも謎だらけだ。
しかし――斗悟の受けた衝撃は、それらとは別種の、そしてより強烈なものだった。
バリアの中に横たわっていたのは、ボロ切れのような衣服を纏った小柄な銀髪の少年だった。
その人間離れした美貌たるや、もしも彼の目が開かれれば、老若男女を問わず一目で魅了してしまうだろうと確信させるほど。
だが斗悟の衝撃は、彼の美貌に対してではなかった――何故なら斗悟にとってその姿は既知のものであったからだ。
――叶えてくれたのか……イリーリス様……⁉︎
その時斗悟の胸に湧き上がった感情を言葉にすることは難しい。それは驚愕であり、歓喜であり、また同時に不安と疑念でもあったからだ。
「…………オレは、そいつを知っている」
絞り出した斗悟の言葉に、聞いていた全員が息を呑んだ。
『本当か? 斗悟』
「ああ。そいつは……
(更新停止:改稿版投稿中)崩壊世界のバッドエンド・ブレイカー〜魔王倒して異世界から帰還したら100年経ってるし人類滅亡寸前で辛すぎる〜 いたむき @dimensional-material
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