別れの雨

沁十レンナ

雨の日の別れ

雨が好きなんだろうか。

とっくに空は雲に溢れていて、太陽なんて顔を出さずにそっぽ向いてたけど、私は気にせずに傘を差す。


私は、雨の時によく散歩をする。

おかしい話だと思うけど、雨の方がなんだか気持ちに寄り添ってくれる気がするから。


5歳ぐらいの時だっけな。

そういえば、あの頃も止められていたっけ。

雨なのに元気よく駆け出す私を。


別に人魚だから水が好きなわけじゃない。

ただ雲が泣いてるみたいで、それにそっと寄り添ってあげてる感じが好きだった。


変だって? 別にいいの。

私は空が泣いてるのをほっとけないんだ。


引越した町は、電車なんて走ってなくて、周りは山で囲まれている閉鎖的な場所だった。


そんな箱庭に水が与えられていく。

私は少し濡れてしまった靴に違和感を感じながらも、そのまま石段へと足を運ぶ。


「こんな日にお散歩かい?」


その声の主は、学校の隣の席の子だった。


「あなたもじゃない」


「...その顔は名前も覚えてないって感じだね」


私は、彼の顔を透明な傘越しに見つめてみる。


「まさか雨なのに、こんな神社に来るなんてね」


「...もう一度言うけど、あなたもでしょ? 違うの?」


「...うーん、まあちょっと雨の日にも出掛けてもいいかなって思ってさ。そしたらこんなところに石段が」


降りている途中ということは、おそらく彼は神社に行って来た後だろう。

他にこの神社を知ってる人がいることに少し悔しさが広がった。


「雨の時の私の穴場だったのに...」


彼は怪訝そうな顔で言う。


「いや、晴れの方がいいでしょ。だって結構この神社、山の上じゃん? 晴れた時に来れば景色よかっただろうなーって」


それに私はむっとする。

彼は晴れれば何でもいいと思ってる口調だ。


「それならいいの。私は雨の時こそだと思うけどね」


「...よく分からないな。...えっと、何さんだっけ?」


「失礼な人。あなたこそ覚えてないのね」


「君もそうじゃないか」


雨が強くなり始める。

私の声は少し小さくて雨の音にかき消される。


けどそれぐらいが丁度いい。


「変な人...」


「ごめん。なんて言った?」


「私、もう行くから」


そうして狭い石段をすれ違うようにして登っていく。


「おーい、これから雨強くなるらしいぞー」


「知ってる」


そう呟いて、私はそのまま石段を上がっていく。

少し振り返ると、さっきの子はそのまま降りて行ってどこかに行っていた。


私は小さな鞄から、イヤホンを取り出す。

もちろん有線だ。私は何でも無くしやすいから。


いつものプレイリストから、ピアノのチルだけを流していく。


まさしく雨に溶けていくような音。

それが雨なのか、ピアノなのか境界線が無くなる瞬間。


ああ、やっぱり雨の音って好きだな。


そう自覚させるためのように曲を流していく。


すると、石段の頂上に見覚えのある姿があった。


...さっきの彼だ。どこか消えたはずじゃ。


「はは、おーい。驚いたか?」


私と彼の距離は3メートルほど。

彼はなんだか楽しそうに微笑んでは、私を上から見下ろしていた。


「やっぱ雨が好きな君が気になってさ。どうしてかなって。あ、邪魔だったらすぐ帰るから!」


私が何か言おうとする前に、彼はペラペラと自分のことを喋り出す。


「あれなんで止まってるの? 早く上がって来なよ」


イヤホン越しでも聞こえる声。


...何をどうして彼が先に頂上にいるんだろう。

私はそれが不思議でたまらなくて、ただ足を止めていた。


「...ごめん。一旦俺、向こうの本殿の屋根下で雨宿りしてるから。じゃあまた後で」


勝手な約束。勝手な謝罪。

彼は果たして私に何がしたいんだろう。


よく分からない。


とりあえず私は足を進めて頂上に着いた。


そこはひっそりとある神社だった。

別に大して有名でもない。

地元の人が知ってるぐらいのよくある神社。


上の鳥居にはびっしりと苔が生えていて、狛犬も同等だった。

荒れてる訳じゃないが、そこまで管理が行き届いていないこの神社。


人なんか滅多にいない。

なのに今日は、あの屋根下に人がいた。

なんだか落ち着かないのかうろうろしている。


雨だと余計にここに人が居ないんだけどな。


なんて珍しいのだろう。


私はとりあえずイヤホンを外して、お賽銭箱の前に立つ。


「あ、俺お参りしてないわ。てか財布忘れたな...」


そんなこと言ってる彼の横で、私は十円玉を投げ入れる。


二礼二拍手一礼。

そう頭の中で言い聞かせながら、願いごとをそっと思い出してみる。


一通り思い出しては、おまけに彼が帰ってくれるようにお願いしといた。


「あ、やば。洗濯物干しっぱだったかも。ごめん、俺帰るわ! また明日な!」


嘘...もう今年の運はここで使い果たしのかもしれない。


彼は元気そうに走りながら、傘を持っているのに土砂降りの中を駆けていく。


勝手な謝罪。勝手な約束。


彼は本殿の真後ろの茂みの坂を降りていった。


ずっと前に使われたであろう坂道。

まさかそこから来たなんて思わないよ。



彼が去った後、私はそっと本殿の段差に腰掛けては、またイヤホンを取り出す。




そして、また音楽を再生した。




次の日。

ホームルームの時に、担任の先生から連絡があった。


「水野(みずの)くんが今月末に転校することになります」


私は後ろの席でぼーっと聞いていたが、一斉に私の隣の席に視線が集まっていた。


...もしかして、昨日の子?


私はそれに気がつくも、大して興味もなく一日を過ごしていた。


そして彼も私に声をかけることは無かった。



そしてその翌週、私の机には色紙があった。


「港(みなと)さん、水野くんの寄せ書きお願い! 明日までね!」


その付箋だけ書いてあって、私はそっと席に座った。


私がどうして...?

別にそんな仲良くは...。


そう感じながらも、放課後にそのままあの神社に向かっていた。


彼との思い出なんてあそこで会っただけだから。

そこに何のドラマなんて無かった。


ただすれ違っただけ。


当然、そこの神社には誰も居なかった。

それに、彼は明日には転校してしまうらしい。


だけど、私の隅っこに淡い期待があった。


「彼はまたこの神社にいるんじゃないかって」


しかし、彼の姿は見当たらなかった。

遠くには真っ赤な太陽がこちらを見つめている。


私は目を細めながらも、町を見下ろしてみる。

いつもと変わらない景色。



彼はこの景色を何度か見たのだろうか。

この町にはもう当分帰らないのだろうか。


私は色紙を取り出して、マジックペンで言葉を紡ぎ出そうとする。


ありきたりなお別れの言葉。

それで良かったのに私は、変な言葉を書いていた。




「雨も素敵ですよ」




次の日は雨だった。

彼は少し涙声になりながらも、別れの言葉を告げては花束と色紙を受け取っていた。


校庭にある桜の木の前で集合写真を撮る予定だったが、雨のために教室で撮ることになった。


天候という抗えないものに、私たちは従ってしまう。

それに、彼の転校を照らし合わせてしまう。


私はなんだか不思議な気持ちだった。


ただあの日すれ違った彼が転校しまうことに。


彼も転校には抗えなかった。

そして、いつの間にか彼は教室からいなくなっていた。





私は、彼と一言も言葉を交わさなかった。





そして、次の日も雨だった。

私はまた、あの神社に行っていた。


そして、いないはずの彼の背中を見てしまった。


「あ、港さん。やっぱ今日も来てたんだね」


「...うん。あれ昨日ここを出たはずじゃ...」


「いやー、引越し先の方面で警報並みの雨が降ってたらしくて、飛行機の便が止まったんだよねー」


その言葉に少し安堵している私がいた。


「そ、そうだったんだ。...水野くん、それだったら他の友達に会いに行けばいいのに」


「あんなに盛大に送っておいて実は行ってませんでしたって...なんか恥ずかしくないか?」


「...私に会ってるじゃん」


「...それはそれとしてね」


「...何それ」


私はちょっと笑いそうになる。

なんだかやっぱり彼だなって。


「...いつ向こうに行くの?」


「1時間後」


「もうすぐじゃん」


「そ、もうすぐ」


私は素っ気のない会話しかできなかったが、彼の表情は寂しさで埋まっていた。


「雨もいいよな。こうやって転校が伸びて、港さんと喋れてるわけだし」


「もっと喋れる人がいるでしょ?」


「まあね。でも雨の日に外にいる人は君しか思い当たらなくて」


「...そう」


私と彼は絶妙な距離を離しながら、石段を一緒に登っていく。


「港さんはなんで雨が好きなの?」


彼はそう聞いてきた。


「なんだか頑張らなくていいから。だって晴れると不思議と頑張らないといけないじゃない。でも雨なら、雨のせいにできる。そんな感じ」


「だったら今も家にいればいいじゃん。雨なんだから家から出なくていい理由ができる。俺ならそうするけどね」


「それは確かにそう。でも、私はずっと無気力...何をするにも理由を求めてしまう。けど小さい頃から雨が好きだったから、理由なんてなくても雨の日は外に行くのが好きなんだ。きっと...そうね、雨上がりの感覚が大好きなんだと思う」


私は小さい頃、雨上がりの空気が大好きでよく雨の日に外に出ていた。

あの雨上がりの空気がなんだか新鮮で、いつもの空気が入れ替わったような感覚。


水溜まりに映る自分が、空と一緒になった感じ。雨上がりのコンクリートの匂い、木々から滴る雫とたまに現れる虹。


雨上がりは、朝明けとは違う新しい空気が味わえるのが好きだったのだ。


「雨上がりか...そうだね。俺も雨が上がったら自分の気持ちも晴れた気がして結構好きだな。なるほど。わかった気がする、君が雨が好きな理由」


彼は適当なのか、変わらないトーンでそう返す。


「...あとさ、風邪引いちゃうよ? 水野くん、すごい濡れてる」


「あ、いや...急がないと港さんに会えないかもって思ってさ。傘も刺さないで来ちゃった」


「片手に持ってるじゃん...変な人」


「ははは! 確かに馬鹿みたいだな。でもさ、傘なんて刺してたら遅くなるだろ?」


彼はなんだか楽しそうだった。

ずぶ濡れなのに、そんなのお構いなしに元気だった。


そして、彼は肩にかけている手提げから色紙を出してきた。


「てか、色紙に雨は素敵なんて書く人、初めてだよ」


だってそれ以外の言葉しか彼にしか伝えられないから。

私が雨の人だって思い出だけを共有してしまったから。


「別にいいじゃん。どうせ私なんて、ただの同級生なんだし」


「おいおい。それ理由になってるか?そんな寂しいこと言われると悲しいなぁ」


「てか色紙早くしまって。濡れちゃうから」


まだ彼は傘なんて刺してなかった。

ただ濡れて、私のどうでもいい話を聞いてくれてる。


どうでもいい。


心底、どうでもいい。


どうでもいいかもしれない。



きっとこんな日も雨で忘れてしまう。



彼の濡れた顔は笑っていた。



ああ、私がどうでもよくても彼は違うんだ。



彼はこの町から出ていってしまう。

向こうの暮らしなんて見当もつかない。

全てが変わってしまうかもしれない。



彼はその不安を雨で流すかのように笑いながら石段を登っている。



かつての私のように雨で寂しさをごまかすようにしている。



「水野くんって下手くそ。感情に飼われてるお犬さんだよ」


「ひどい。どうしてそんなこと言うんだ」


「この歳になって、そんな素直に感情に従えないでしょ。嫌だからって、雨の日に逃げ出さなくてもいいじゃない」


「待ってくれ。なんで俺は叱られているんだ?」


「なんだか昔の私と似てるから」


彼は急に立ち止まる。

私も二段ほど先に行っては振り返った。


「雨の日は、いつもより心が鮮明になる。よりによって悲しい気持ちがね。だから、私もずっとあの日は雨の中を走ってた」


「それって...」


「私も結構転校してたもん。いつもその日は雨だったけど、直前に必ず晴れてたの」


すると、私の声に反応するように雨が強くなっていく。


「雨って最悪よね。服は濡れるし、気分は下がるし、景色も綺麗じゃなくなる。だけど、私は好きなんだ。雨が上がれば、それが全てなくなるから」


「わからん。俺はそこまで許せないね。雨は降っただけ最悪だよ」


「あなたはそれでいいよ」


そうして、私たちは石段を登るのを再開する。

まだ雨は降り止む様子もない。



少し石段を登るのが速くなる。



もう少しで水野くんはこの町からいなくなる。

だけど、それは私も同じだったんだ。



数ヶ月前に、私はあの場所からここに引っ越してきたのだから。



「私が転校してきた時どうだった?」


「あんまり覚えてないな。ただ女子が増えるんだなーとしか」


「やっぱあなたって最悪かも。素直すぎて嫌になる」


「ご、ごめん」


「いいの。別にそんなものよ。どこに行ってもあなたは水野くんなんだから。大丈夫」


彼はずっと私の後を追うように石段を登っている。

あの山頂まで伸びる石段は少し長い。


「あのさ、どうして傘刺さないの?風邪引くって言ってるじゃん」


「...ああ、なんだかもう濡れたくてさ。今日だけ許してくれ」


その後は数分の沈黙だった。

ただ雨の音と、石段を登る足音、少し息が上がった呼吸だけが聞こえていた。



そんな中で、私はそっと傘を閉じていた。



私もよくわからなかった。



けど、そうするべきだと思ったんだ。



彼へ、そっと微笑んでは言ってみる。





「じゃあ、途中まで一緒に濡れようよ」





それからはただただ無茶苦茶だった。


こんな土砂降りなのに、片手に傘を持ちながら一緒に笑いながら走った。

彼は途中で転びそうになるし、私の髪もびしょびしょに乱れていた。


石段はいつもより長く感じて、さらに雨は強くなっていた。

目には雨粒が混じって、風が耳を覆って。


私の声も、彼の声も、あまつさえ世界の音も。





何もかもを、雨音が飲み込んでいく。





そして、いつの間にか太陽は頂上で私たちを待っていた。

さっきの雨が嘘だったみたいに、一緒に鳥居を潜った瞬間に雨は完全にピタリと止まった。


私も彼も本当にひどい格好だった。

それをお互い気づいて、また笑ってしまった。



ああ、本当に。


どうしようもなくて。

どうでもいい。




きっとこの繰り返しなんだ。

この先もずっとそう。


だけど、それでいいかもしれない。



だってこんなに雨上がりの景色が綺麗だったんだから。



山の頂上から見た町は、嵐が過ぎ去った静けさをもってただ佇んでいた。

どこから隠れていた鳥たちが鳴き出しては、参道の水たまりが桜の木を映し出していた。


桜が散った水面に、雫の波紋が現れては消えて、私たちの一部を映し出してた。

雨上がりの湿度が余計に身体に温度を伝えてくる。


気持ちいい風を背に、私たちはそのまま本殿へと向かう。


「あー、やっぱ転校したくないわ。あいつらと別れるのが本当に惜しいよ」


「また帰ってくればいいじゃない」


「それもそうだな。またいつかここに帰ってくるさ」


「すぐには帰ってこないでよ?」


「どっちなんだよ」


私たちは、お互いにお賽銭を入れては静かにお参りをする。


彼が何を願っているなんて知ったことではない。


ただ傘を刺さずに、雨の中を駆け抜けた共犯。




ただそれだけ。




「じゃあ、俺行くわ。ありがとう港さん。今日は楽しかったよ」


「こちらこそ、共犯さん」


「なんだよそれ」


彼がそのまま行こうとする時、私はそのまま引き留める。


「あのさ、色紙に付け足すことあったから貸してよ」


「ん、ペン持ってないぞ?」


「たまたまポケット入ってたからさ」


私は、自分のメッセージのところに三文字だけ付け足す。


別に大したことではいけど、書きたい言葉が見つかったから。



これもどうでもいいこと。



けど私がしたいことなんだ。





「別れの」雨も素敵ですよって。

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別れの雨 沁十レンナ @sitorenna

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