其の1 手紙(1)
こんにちは。
あるいは、こんばんは?
何が正しいのかは分からないが、書き出しが思いつかないから兎に角挨拶してみる。元気にしているだろうか。
いきなり僕が居なくなった事については、まあそれほど気にはしていないかもしれないけど、心配をかけているなら申し訳ない。
申し訳ないついでにもう一つ謝っておくと、こんな手紙をいきなり送り付けられて、君が大いに困惑しているであろうことは、幾ら他人の心情に無頓着な僕でも容易に想像できる。これについても本当に申し訳ないと思う。
でも手紙を送る相手など君しかいないという僕の悲しき境遇に免じて許して欲しい。
知っての通り僕には家族がいない。そして君には時々言っていたと思うが所謂「親戚」とやらは一人残らず気に入らない。
重ねて言えば僕には友達が居ない。先輩や後輩、同僚の類も居ない。
つまり君しか手紙を送る相手がいないんだ。
寂しい奴だろう?
だからそれに免じて、この手紙を受け取り、目を通して欲しい。
この休みを利用して、僕は予てからの計画を実行に移すことにした。
ミロビナ島へ、ミロビナ国営鉄道を見に行く事にしたのだ。
このミロビナ国営鉄道では、あのS&G社製の小型蒸気機関車が、なんと現役で稼働しているんだ。
信じられるかい? あの幻の汽車と呼ばれたS&G社のG-01型が未だに走っているんだよ。
元々生産数が少ない上にその特殊性から整備も難しく、本家のヨーロッパ方面では既に稼働している車両はおろか、展示品さえ存在してないのに。
つまりS&G社製G-01の実物を見る事が出来るのは、世界でミロビナ島だけ、という事になる。
更に調べてみると、そのミロビナ国営鉄道も、利用者の減少で廃止が取沙汰されてるっていうじゃないか。
この機を逃せば、永遠にお目に掛れないかもしれない。
そんなの耐えられる訳ない。
という訳で出不精な自分の尻を叩いて冒険の旅に出発した、というわけなんだ。
封筒を見てもらえれば分かる通り、この手紙は外国から出してる。
ヒンタボ島の空港でこれを書いてる。
僕の拙いヒンタボ語が通じるか心配だったけど、この島は随分と観光化されているようだ。今の所英語が通じないという人にはここまで一人も出逢っていない。
まあ流石にミロビナ島ではこうはいかないだろうけど。
そろそろ港へ移動しようと思う。
船旅は1時間も掛からないらしい。
いよいよミロビナへ、孔雀王国へ上陸というわけだ。
そうそう、ミロビナはかつて孔雀王国と呼ばれていたんだ。
いや、呼ばせていたが正しいかな、経緯的には。
まあそれは兎も角、その国名からミロビナ国営鉄道も孔雀王国鉄道と呼ばれていたんだ。何とも詩的な名前じゃないか。
最後に一つ、お願いがある。
これから君宛に、何通か手紙を出す事を許して欲しい。
そしてその手紙を捨てないで欲しんだ。
出来れば君に読んで欲しい。
そしてこれから僕が見る物、聞く事を共有して欲しい。
手元に置いておいても良いと、そう思ったらそのまま持っていて欲しい。
要らない場合はそのまま保管しておいて、僕が戻ってきた後に返して欲しいんだ。
勿論僕も自分で色々と記録は残すつもりだけど、万が一それらに何かが在っても、その手紙によってある程度の資料が残る事になる。
この旅は、きっと素晴らしいものになるだろう。
出来れば君とそれを分かち合いたいし、君に全くその気がないばかりか、僕の独りよがりな思い付きが全然気に入らないとしても、この手紙を、いつか僕が受け取る事によって、僕自身の手記以外の方法で記録を確保できると思うんだ。
写真でも録音でも録画でもなく、文章でその時の印象を残す。
要するに君に送るこれからの手紙は、僕の手になる“孔雀王国鉄道見聞録”になるわけだ。
ミロビナでの滞在は、特に期限は定めていないが二週間程度を予定している。
その間に何回か手紙を送るつもりだ。
面倒な事を頼んでしまって申し訳ないが、何卒宜しく頼む。
帰ったら是非、君の感想を聞きたい。
ではまた。
2002年7月30日
ミロビナ国際空港にて
追伸
それほど詳しいわけでもないが、ここって世界一小さい“国際空港”じゃないだろうかと思う。
滑走路が1本で駐機場にはレシプロの小型旅客機が2機しか停められないらしい。
孔雀王国鉄道見聞録 キサン @morinohakase
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