孔雀王国鉄道見聞録

キサン

序 孔雀王国鉄道の終焉

 これをご覧になっている皆様は「孔雀王国鉄道」という鉄道の存在を御存じだろうか。

 恐らく多くの人が「知らない」と答えるだろう。

 ましてやその鉄道がどのように生まれ、またどのように終焉を迎えたかなど、完全に興味の埒外に違いない。

 だが一部好事家の方ならば、名前には何となく覚えがあるのではないだろうか。

 それはこの鉄道の辿った数奇な運命、というか特異な最期によるところが大きい。

 とりわけ奇特な方ならば、「特異性」から、この鉄道の事を強くご記憶かもしれない。

 

 孔雀王国鉄道はポリネシア地域にある島国、ミロビナ共和国が保有する国営鉄道である。最も、今となっては「保有していた」と表現すべきであるが。

 1884年、当時王国制であったミロビナの王、ヤマワパナ三世が国策として鉄道の導入を決め、その管理運営を行う「鉄道省」を設置したのが、この鉄道誕生の経緯である。

 ヤマワパナ三世は島外の事物を多く取り入れた王として有名であり、他にも郵便や電信電話、自動車の普及に努めたり、学校に英語を含む外語学習を導入したりと、正にミロビナ近代化の父、とでも呼ぶべき存在であった。

 現在でもミロビナ共和国の識字率を含む学習水準は、地域一帯では抜きん出て高く、その遠因としてヤマワパナ三世の近代化政策を挙げる者は多い。

 また動植物への造詣が深く、中でも孔雀を大変気に入って王宮中庭で放し飼いにし、「この国には孔雀が居る。正に孔雀王国と言っても良いだろう」と逢う人皆に嬉しそうに語ったというのは有名な逸話である。

 程なくミロビナ王立鉄道も「孔雀王国鉄道」と呼び習わされる様になったというわけだ。

 王制が廃され、共和国となった後も、引き続きそう呼ばれ続けた。


 誕生は兎も角、孔雀王国鉄道の終焉については、上で述べた通りご記憶の方もいらっしゃるかもしれない。

 普通に考えて遠い異国、それもポリネシアという余り馴染みの無い地域の、しかも小さな島国の国有鉄道についてなどという、言ってしまえば些末な事柄について何某か耳にしたり、増してや自ら進んで情報を取り入れようとする事など先ず無いのだが、この孔雀王国鉄道に纏わる一件は、事象として極めて不可解なものである事から「謎の怪事件」として一時各メディアに大々的に取り上げられたからだ。

 2002年12月21日、孔雀王国鉄道は突如としてその姿を消した。

 それは廃業等を比喩的に表現したのではなく、実に文字通りに、この地上から消失したのである。

 しかもその消失は、同公社が保有するたった1編成の列車車両に留まらず、一部の軌道やそこに付帯する駅等施設、更には幾人かの従業員、そして列車の乗客たちにも及んだ。


 事件発生直後から島内の警察組織のみならず、諸外国のアマチュアやプロを問わず様々な人や組織によるかなり広範囲に及ぶ大規模な調査が行われた。

 にも関わらず真相は判明しないばかりか、解明の糸口すら判然としないその調査結果に世間は大いに落胆し、その後の調査も遅々として進まず、何の新情報も出てこない事から、当初はセンセーショナルに報じられた怪事件でありながらも、比較的早い時期に多くの人々の記憶から消え去った。

 結局のところ、UFOや心霊、ネッシーや雪男など「変人たち」が好んで弄り回すがらくたの山に新しい玩具が一つ加わっただけ、というのが概ねこの一件に対する最終的な見解であろう。

 消失から20年以上が経過した現在、事件について語る者は少ない。

 今でも一部好事家の話題として取り沙汰される事はあるが、その真相について何かが明らかになる日は、少なくとも現状では来そうに無い。


 多くの資産が謎の消失に見舞われたミロビナ国営鉄道は、そのまま廃業となった。

 元々利用者は少なかった事から、廃線・廃業については常に取り沙汰されていた事であり、この一件が原因というより「いずれ訪れる終焉が前倒しになった」という所かもしれない。

 消失を免れた軌道や施設は廃線、そして公社解散後も放置された。

 解体、撤去に伴う費用が負担できなかったのが一番である事は勿論だが、「残置されていても、誰も気にしない」のが要因の何割かを占めていたのは間違いない。

 消失した軌道の幾つかの「跡地」はそのまま近隣住民の生活道路として使われた。

 残された駅舎の一つがそのまま集落の集会所に転用された。

 信号所の監視小屋が農作業者の休憩所に使われた。

 こうした「再利用」の事例もは幾つかあったが、大部分の残置物は「遺物」として雑草や雑木林に呑まれるがままになっている。

 今は草や木々の合間から除く朽ちかけたそれら遺物が、かつてこの小さな島国に鉄道があった事、そして今はもう存在していないと事を、言葉少なく物語っている。

 

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