第5話 封彩の花

夜明け前、まだ空は青黒い。

だが、エイルとロウの前に立ちはだかる”それ”は、夜よりもなお濁った彩をまとっていた。


黒くねじれた影。封彩不全--残彩の亡者。

元は人間だったはずのその存在は、色を失い、怨念のような形だけを残していた。


「もう一度、ロウくんは下がって」


エイルは筆を構え、地面に大きく円を描いた。

翠の色が放射状に広がり、結界を形成していく。


だが、亡者の吐く瘴気は、結界を溶かすように滲み、ひび割れさせていった。


「ダメ…術式が持たない!」


「なら、僕が--」


ロウが踏み出しかけたその瞬間、地面が爆ぜた。

吹き飛ばされそうになる身体を、エイルが片手で引き寄せてかばう。

結界が砕けた。目の前に、亡者の腕が振り下ろされる--ぞの瞬間。


エイルの瞳に、一輪の金色の花が映った。


「……ロウくん?」


ロウの手が、空中をなぞるように動いた。

その軌跡を追って、筆も持たない彼の指先から、金彩の糸が伸びる。


それは祈りのようにやわらかく、しかし確かに敵の動きを止める”封”となった。


「さっき……見えたんだ。僕の中の色。守りたいって思ったら、勝手に動いて……」


ロウは震える指を重ねながら、もう一度--ゆっくりと円を描く。幼い技。未完成な陣形。だがその中心に、確かに”金彩”が咲いた。


--防彩バリア


亡者の攻撃が、その金色の光に弾かれた。

空気が割れ、衝撃だけが辺りを叩きつける。


隙を逃さず、エイルが筆を振る。


翠彩陣しゅんりん展開。--封!」

地面に刻まれた緑の紋が起動し、爆ぜるように亡者の身体を拘束する。そして、中心に浮かび上がった”失われた彩”--名も知らぬ者の残した記憶の色--が、光とともに消えていく。


静寂が、戻った。


灰彩の村に、ようやく夜明けの光が差し込む。



二人は祠の跡に腰を下ろしていた。


「……封彩の痕跡。放置していれば、あのような”亡者”が再び現れる危険があります。やはり封彩軍は--」


エイルは眉を寄せ、呟いた。

彩術の歴史のおける”傷”は、まだ癒えてないのだ。


その横で、ロウがぽつりと呟く。


「僕、ちゃんと……使えた、かな」


エイルは彼の方に向き直り、優しく微笑んだ。


「はい。あなたの彩は、誰かを守るために咲いた。それだけで充分です」


ロウは目を伏せ、拳を握った。

そのての中には、まだ微かに金の光が残っている。


「僕、もっと……強くなりたい。守れるように」


「……ええ。私もそう願っています。だから、一緒に学んでいきましょう」


金と翠。

その彩が重なる場所に、確かな光が芽吹いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

灰色の少年、彩を知る時ーー継がれゆく彩術の系譜 福宮アヤメ @gena_rosso

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る