第4話 最初の光は、護るために
深夜、灰の村を濃霧が覆った。
冷たい風が吹きすさび、焚き火の残り香すら、空へと攫われていく。
エイルは異変に気づいた瞬間、即座に筆を持って立ち上がった。空気の色が違う。灰彩でもなく、闇でもない。--何かが、混じっている。
「これは……封彩の残滓?」
筆先で描いた探知円が、淡く脈動する。その輪の中に、明らかに異物--暴走した彩術の痕跡がうかび上がった。
ロウは焚き火の奥で小さく体を縮こませていたが、エイルの様子を見て息を飲む。
「……何か来てるの?」
エイルは軽く頷いた。
「恐らく、かつてこの村に封じられていた”残彩”が、揺らぎ始めています。誰かが--あるいは、何かが、干渉を加えた」
「僕も行く……!」
「だめです。ここから動かないで。私が戻るまで、決して」
その言葉に、ロウは歯を食いしばったが、逆らうことはなかった。彼には彩を”制御する術”がない。そして、彼自身がそれをよく知っていた。
エイルはひとり、崩れかけた家並みに向かって駆け出した。月もない夜、ただ筆の光だけが道を照らす。
*
村の奥、かつて祠だった場所。そこには朽ちた祭壇と、苔に飲まれた石碑があったはず--だが今、地面はひび割れ、黒く塗りつぶされている。
そこにいたのは、<かつて人だった”何か”>だった。
骸のような身体からは彩の痕跡が剥がれ、黒くねじれた瘴気となって村を蝕んでいた。
「……封彩不全体。残彩の亡者……!」
筆を振る。翠の色が地を這い、障壁となって彼女の周囲を覆う。だが相手の力は思いのほか強く、障壁を裂くように瘴気が叩きつけられる。
エイルの足元が揺らぎ、呼吸が詰まる。
(いけない、これは…術式を再展開する間もない……!)
その瞬間、彼女の背後--遠くから、声がした。
「……やめろっ!」
風のような、鋭い金の光が、夜を裂いた。
それは意思を超えた”本能”だった。ロウの中に眠っていた金彩の核が、エイルの窮地に呼応し、目覚めた。
その光は細く、弱々しいものだった。だが、瘴気の奔流に一筋の隙を生み出し、エイルの防御の再展開を許すには十分だった。
「……ロウくん、あなた……!」
「ごめん……僕、止まっていられなかった……!」
筆も持たず、ただ手を突き出したロウ。だがその掌から金彩は、まるで祈りのように澄み、濁った空気を切り裂いていく。
エイルは立ち上がり、ロウの背を守るように再び筆を構えた。
「大丈夫。今のあなたなら、きっと制御できる。--さざ、一緒に立ち向かいましょう」
ロウは少しだけ笑った。心細い笑みだったが、それは確かに”誰かを護る”意志を含んでいた。
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