第十四件 回想

 バレー部の香山香織という者に話を聞け、と言われたものの、それがどういう意図か今一度分からないままでいた。

 時刻は十一時三十分を指す頃。場所はバレー部が部活動で使用している体育館である。

 私は生徒会室を出てからすぐに体育館へと足を運んだ。理由は上記の通りである。

 実際のところ、人に横から指図されて従うのは気に食わない。しかし今回は三年生に話を聞きたかったので仕方なくその情報を使わせてもらっている。

 そんなことを一人思っていると、一つ疑問に思うことが出てきた。というより、ずっと思っていたことと言う方が正しいだろう。

 覡蒼太はなぜ今回の事件について知っていて、さらに先に調査までも済ましていたのか。

 そしてなぜその情報を私に提供してきたのか。

 会って話をしてみても掴みどころのない男だった。だからと言って人間味が無かったかと言われるとそうでもない。

 ただ私が今まで出会ったことのない人種であることには変わりない。強いて言えば私の姉と少々似ているやもしれないが、そう一口に言うのも何か違う気がする。

 今の私の語彙で端的に表すなら、不思議な男、と言う他ないだろう。不気味でも不可解でも似合うかもしれないが、一番しっくりくるのは不思議である。

 詰まるところ、変人なのだ。あの者は向かう方向は違えど、種類で言えば姉と同じ部類の人間に当てはまるだろう。

 そんな風に覡蒼太について考えていると、背後から少し怒気の混じったような声をかけられる。

「ちょっと、何してんの君」

「え?」

 少し機嫌を悪そうに、そして警戒をしているような様子で彼女は私に話しかけてくる。

 服装とこの状況を見るに、恐らく彼女はバレー部員だろう。もちろん体育館を使う生徒は他にも数多くいるが、ユニフォームや膝につけているサポーターを見ればバレー部に所属している者だと一目瞭然である。

 分析がてらに彼女の体を上から下へと目を動かしながら観察していると、その鑑賞物がさらにドスを効かせた声で私に尋ねてくる。

「だから、何してんのって。急に体ジロジロ見んなよ気色悪い」

「うっ…」

 耐えられない。急な悪口に思わず声を出してしまう。

 しかし側から見ればただの変態にしか見えないのは事実のため、私はその発言について深掘りすることはなく話を進める。

「あっと…バレー部の香山香織って人と話をしたいな〜と、思いまして…あの、なんでそんなに睨んでるんですか?」

「そんな変人にウチのキャプテンを会わせられる訳ないでしょ?さっさと帰ってちょうだい」

 まるで食べ物に群がるハエのような扱いを受けた私は半ば強制的にその場を追い出されそうになる。

 そして彼女の言葉の中に気になる単語が一つ。

 それは香山香織がキャプテンということである。何が不思議かと言うと、よりにもよって香山香織がなぜ主将なのかということだ。

 彼女は三年生の学生であり、今の時期にはどの部活のキャプテンも二年生が務めるのがセオリーとなっているはずである。陸上部の現キャプテンである将島杏子も、今度の陸上部活動会議で部長を辞退することになっているのだ。

 もちろん、香山香織もその例に当てはまるかもしれない。なのでその疑念を晴らすため私は彼女に一つ質問する。

「あの、香山さんってキャプテンなんですか?」

 その質問にたいそう驚いた様子で彼女は答える。

「まあ、そうだけど…君、そんなのも知らないの?どういう経緯で香織と会いたいっつってんのか…」

 その回答に私は重ねて疑問を問う。

「それはいつまでの間ですか?」

「いつまでって…何?なんかキモいんだけど」

「うっ…そ、それを教えてくれればもう香山さんに会わずに帰るんで!」

 まさかこんなにメンタルが削れるとは。やはりあの男の言うことを信じなければ良かった。

 私の脆いハートがひび割れそうになる中、目の前の女子生徒は渋々ながら口を開きだす。

「え〜…?うーん…なんか、変態だけど悪人って感じもしないし…。これに答えたら、すぐ!帰ってもらうからね!」

「は、はい」

 良かった。なんとか成果は得ることが出来そうだ。

 私の必死な交渉によって彼女の渋々な口がようやっと手がかりを言葉にする。

「まあ、そんな出し渋る話じゃないんだけど…実は香織、今月中にキャプテン辞めるんだ」

「…それは、どうしてか分かりますか?」

 なんとなく予想していた部類の回答が返ってきたので、私は特に動揺することなく彼女に聞き返す。

「どうしてって…そんなの、私も知りたいくらいだし…てか、これ聞いたら帰るんじゃなかったの?」

 理由は分からない、か。

 生徒会長からのヒントとして名前を挙げられた人物、香山香織。その者は現在キャプテンであるが、今月中に理由が分からないままその肩書きを下ろしてしまう。

 私が今最も重要視している容疑者、上加世田桃香も去年はサッカー部のマネージャーをしていたらしい。だがそれも去年の話だ。今はもうマネージャーを辞めたと言う。理由は…。

 痴情のもつれ。

 もしやと思い、私は目の前のバレー部員に何度目かの質問をする。

「それって、もしかして男関係だったり」

「だーっ!もう!帰るっつったんだからさっさと帰れ!」

 そう言いながら私の背を押して体育館とは真逆の方向へと歩かせる。

「ちょ、ちょっと!分かったんで、帰るんで!」

 危うく転びそうな足取りで歩かされていたため、私は自らこの場を離れることを彼女に言う。事前に質問をしたら帰ると発言したので全面的に私が悪いのだが、気になってしまったものは仕方ない。

 私は後ろから強い眼差しを感じつつ、視線の先にある校舎へと歩みを進める。

 すると後ろから小さく声が聞こえた。

「…まあ、私もそんな気がするんだけどさ…」

「…?」

 すぐに聞き返したかったが、今度こそ早く帰るようにこっぴどく言われてしまいそうなので寸前で喉奥に止めておく。

 特に根拠のないただの思いつきだが、香山香織という人物は今回の件に間接的ではあるが関わっているように思えた。これは本当にただの思いつきのため、わざわざ本人に聞きに行くような真似はしない。あくまでも私の中でその考えを留めておく。

 先述の通り根拠はないのだ。だが一つ思った理由を挙げるならば、それは彼女の顔を見てそう感じたからである。

 その哀しげな顔を、私はどこかで見たような気がしたから。


 体育館前から追い出された私は、行く先もなくただ立ち往生していた。

 日も真上に昇り始め、その暑さを身に染みて感じる。恐らく今が今日の最高気温だろう。直感でそう感じた。

 このまま暑さに身を焦がすためにはいかないので、どこかで一息をつこうと思う。ただ適当に空き教室に入ることは出来ないため、どうしようかと廊下をひたすら歩いていたのだ。

 別に放課後の今ならば上級生の空き教室に入っても問題はないだろう。だが他学年の教室への入室は校則で禁じられているため、一応それに従うことにする。

 こういう場面で律儀に守ってしまうあたり、私らしいなと我ながら思う。

 もう一度生徒会室に行って涼んでこようかと考えていると、一つの別の案が脳裏に浮かんでくる。

 上級生の教室でもなければ暑苦しい場所でもない。とても好都合な場所がこの校内にはあった。

 私はその地へと浮き足立たせて向かう。


 私が例の極上の地へと着くと、すぐさま部屋の奥の方から人が歩いてきた。

「はーい。どうしまし…って、お前か」

「何ですか、その反応」

 なぜか面倒くさそうな顔をする男。普通ならこの態度に怒るべきなのだろうが、それはいつものものだったので特段気に留めることはなかった。

 私は彼の反応を無視して背もたれのない丸椅子に座る。

 個人の見解だが、背もたれのない椅子は椅子というべきではないと思う。それは本来の椅子の機能を果たしていないのだから。

 椅子というのは単に座ることができれば良いのではなく、体を座位させた状態で体を休ませることが目的の代物だ。その役目をこの丸椅子は果たせているのか。否、丸っきり果たせていない。

 これではただ座っただけで疲労の解消ができていない欠陥品である。なぜこの者はそんなのを好んで使っているのか。甚だ疑問である。

 私はその椅子に座り僅かコンマ数秒でその思考を終えると、一つの結論に辿り着く。その後、彼に哀れな目を向ける。

「…なんだ、その目?なんかよく分からんが…鬱陶しいからやめろ、無性に腹立つ」

 何の意図があるのか理解できていないのにこの言い草だ。この者はやはり教職に就いてはいけないだろうに。なぜこの者を教育委員会は選んでしまうのか。まあ、誰が選んでるかは知らないが。

 私は彼の言葉を無視して体を涼ませる。この部屋は椅子こそ文句はあれど、冷房はとても良い具合に効いているため夏場は校内のオアシスと化すのだ。

 とはいえ普通の生徒が毎日通える場所ではない。

 何せ、ここは保健室なのだから。

「あのなあ…俺は優しいから特に何も言わねえが、そういう態度は他所ではやんなよ?内申点が下がんぞ」

 彼の言葉から少しの気遣いを感じ、ようやく私も言葉を交える気になる。

「そこはありがとうございます。感謝してます。ただ…」

 私は少し間を置いて話す。

「入学式の日に酔い潰れてた人に言われても…あまり心に響かないと言うか」

「ぐっ…!」

 図星を突かれたようにバツの悪そうな顔をする。

 私はあの日を忘れることはないだろう。入学式を行なった日、夜にシャー芯がないことに気づき買いに外へ出た。

 私の家は駅近なため通学自体は楽なのだが、一つ悪い点を挙げるなら、それは酔い潰れた大人が駅の前にいることである。

 その日も同じように惨めな大人の姿を数人見かけていた。ただその光景にはもう慣れていたのでそこに気を留めることはなかった。そう、そこには。

 なぜか電柱の側で見覚えのある男が気持ち悪そうにもたれ掛かっている姿を見てしまったのだ。

 流石に同日に紹介があった者の顔は覚えていたため、顔見知りを放っておくのは気分が悪くその場で介抱をした。

 保健室の先生、和田寿。午前中に見かけた姿とまるで違う彼の様子を見て、なぜそうなったのか疑問に思う。

 その後話を聞いたところ、その日は入学式祝いという名目で教員の間で飲み会があったらしい。なぜ前日に行わなかったのだろうか。

 そんなめでたき日でも嫌なことはあるわけだそうで。

 どうにも、無理にお酒を飲まされたり永遠と愚痴を聞かされたり、挙句の果てには一発ギャグをさせられるといった待遇を受けたらしい。

 そこで居心地が悪くなった彼は早々に飲み会を抜け出し帰宅しようと電車に揺られていた。が、飲んだ酒が悪さをして気分が悪くなり途中下車。結果、勤め先の高校生に介抱されるといった始末である。

 可哀想な彼を私は哀れに思い色々と愚痴を聞いた。その内容は妙に生々しくて、大人の人間関係もこれまた大変なのだなと思ったことは覚えている。

 後日、酔いも醒めて記憶が徐々に鮮明となった和田先生はわざわざ私のクラスへ来て口止めをしに来た。

 その時、"昨日のことは黙っててくれ、何でも言うこと聞いてやるから"と大人にしては情けない要求を持ち出された。まあ、前日の方が惨めであったが。

 普段の私ならそのようなお願いは突っぱねて気持ちだけ受け取っておくだのなんだのと、歯に衣着せぬことを言っていただろう。

 だが当時は入学早々で話す者が誰一人とおらず、少し寂しさを感じていた。まだ授業が始まって二日目なので、普通に過ごしていれば後から話せる友達の一人や二人は自然と出来るだろう。しかしどうにも不安に感じた私は、彼の要求にこう答えた。

「僕と友達になってほしい。…まだこのお願い、覚えてますよね?」

「…もちろんだ」

 我ながら狡い奴だと思う。けれども元を辿れば悪いのは彼である。

 大人が子供にあんなにも遜るような態度で接するなど、他の教員が立ち会っていたら目も当てられないだろう。

 まあ私のあの回答も同級生に見られれば引かれてしまいそうだが。

 私は少し小言を言いつつも、彼に対して出来るだけ優しい言葉をかける。

「まあ大丈夫ですよ。たとえ先生が僕の友人じゃなくなっても、秘密を言いふらすようなことはしません。そこは安心してください」

「いやまあ…そこは信じてるがよお」

 なんだか脅しているような立場では気分が悪いので、あくまでも私は無理な願いを一時的に聞いてもらっている一人の生徒ということを和田先生に再確認させる。

 私とて彼をいじめるようなことはしたくない。恐らく面白いだろうが、そこは弁えているつもりだ。

 ふと、一つ思い出す。

「そういえば、一昨日の放課後ここに来た生徒覚えてます?陸上部の結構大柄な三年生なんですけど」

 そうだ、そういえばそうであった。

 彼は聞き込み調査を行なっていた中で唯一話を聞いていない者だったのだ。保健室の先生など、なぜもっと早い段階で聞かなかったのか。一番話しやすい人の筈なのに。

 私はどこか遠くばかりを見てしまうせいで近くのものを見落とすところがある。探偵役をやるには中々に致命的な短所だ。

 だが今聞いてしまえば結果は変わらない。何か情報を得ることができればそれだけで十分だ。

 私の質問に和田寿は普段の口調で答える。

「ああ…そういや居たな。陸上部のやつ」

「その人、どんな感じでしたか?」

 フワッとした質問をしてしまう。こんな質問、初対面の人にしてしまっては困惑させるに決まっているが、都合の良いことに彼は友達だ。

 私の抽象的な質問を汲み取ってか、目の前の友人は朧げながらに答える。

「そうだな…特に気になることはなかったが、強いて言うならアレだな」

「アレ?」

「ああ。アイツ、間違いなく仮病だな」

「…やっぱりか」

 予想していた一つの答えを得ることができた。

 やはり東條浩都は本当に耳鳴りを起こして保健室に行ったわけではない。保健室に行かなければならない理由が他にあったのだ。そしてそれは今回の事件に関わること。

 私は先生にそう判断した根拠を聞いてみる。

「それって、本当に仮病だと思います?」

「なんだよ含みのある言い方して。まあ絶対そうだとは言いにくいが、俺は保健室の先生なんだ。そんくらいの知識はあるさ」

「…本当かなあ?」

「んだお前ケンカ売ってんのか」

 私の軽いジョークに少し怒り気味で反応する。

 こういう冗談を本気にするところがあなたの悪いところですよ、と言いたい。が、それを言えば間違いなく説教が始まるため何も言わないことにする。

「根拠ならあるぜ。まあお前に言ったところで分からねえだろうがよ」

 少し挑発気味でほくそ笑みながら言う。

 先ほどの仕返しをされたと瞬時に理解するも、理性はそう簡単に収まらず。まだまだ子供の私は思い通りにその売り言葉を買う。

「へえ…いいでしょう。言ってみてくださいよ。それを僕が要約できれば理解した判定にして下さいね」

 そう言うと彼はニタニタ笑いながら首を縦に振る。

「ああ良いぜ。んじゃまず俺がそう思った一つ目の点だ━━━━━」

 結局いつも通りの子供っぽい口論が始まってしまった。まあ今は少しくらい休んでも良いだろう。背もたれのない丸椅子にただ座り続けるよりは幾分かマシだ。

 ちなみに、自信ありげに彼の口から出てくる言葉の殆どを私は咀嚼できなかった。何せ専門科目は文系なので。仕方があるまい。

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異能高校生とただの探偵 ウェストコアラ @koaranisimura

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