第十三件〜閑話〜 望郷
「お疲れ様でした。会長」
「ああ、どうも。助かるよ小春」
礼を告げながら山中小春が差し出す麦茶を手に取る。
空を乗せたお盆を脇に持ち変えると、山中は覡蒼太の目の前に置いてある封筒を手に取り中身を出す。その中から数枚ほど親指でめくり軽く目を通すと、眉を少し顰めてから話し始める。
「全く…なんなのあの人。風華ちゃんが懐いてたから大目に見たけど、会長に凄く無礼でした。しかも、結局コレは受け取らずに帰っちゃうし…厚意を素直に受け取れないのは失礼の一つだと、私は思います」
先ほどこの空間で起きていたことを山中はあまり良く思っていなかった。その口ぶりから彼女が何を思いながら話を聞いていたかがよく分かる。
覡は山中の愚痴とも言える話を聞いて軽く笑いながら返答する。
「まあ仕方ないとも。私とて、こんな怪しそうな男が初めての会話で自分の求む物を提供してくるなど、疑わないわけあるまい」
「ですけど…まあ、確かに会長は怪しさがすごいですけど…でも…」
「ふっ、そこは否定しないのだな」
どことなくむず痒そうな様子で唇を尖らせる山中。どうにも彼、八ヶ八優真の言動が引っかかってしまっているようである。
彼女自身も一部納得している部分はあるものの、尊敬する者がまるで詐欺師のように扱われたことが気に食わないようだ。
「しかも受け取らない理由が信じれないからって…まるで子供のような人でした。会長はどうしてあの人を目にかけてるんですか?」
麦茶を静かに飲む覡に一つ質問をする。その質問にすぐには答えず、存分に喉を潤してから話しだす。
「…目にかけてるんじゃないさ。ただ…」
少し間を空けて、何か思い出すようにしてから口を開ける。
「ただ、気に入らないだけだよ」
「…?」
あまり分からなかったのか、山中は疑問符を頭の上に浮かべて首を傾げる。その様子を見て覡は優しく微笑む。
「なに、私もまだまだ子供という話さ」
「いえ、会長は子供ではありません!会長はこの学校でも群を抜いて大人びていると思いますよ!少なくとも、私はそう思ってます」
ちょっとした自虐に山中は食い気味で否定する。あまりの熱っぷりに覡も思わず呆気を取られてしまう。
彼女の覡蒼太への眼差しは、尊敬や憧れ、期待などが乗っている。その強い目線に覡は耐えきれず顔を逸らして彼女の話を受け流す。
「分かった分かった。ありがとう小春。今日はもう良い。約束通り言われた場所に移動しておくように。時間厳守で頼むよ」
優しく語りかける覡に、山中はキリッと背筋を伸ばして応える。
「はい。了解しました」
先ほどまでの様子とは打って変わり、しっかり役目を果たす部下のような顔つきでいた。その姿を見て覡ははにかんで相槌を打つ。
「うむ。よろしく」
そう告げると山中はスタスタと扉の前へ行き、一礼してからノブを握って部屋を出る。
扉が閉じ、山中が出てから少しして覡は椅子の背もたれにグッと背中を預ける。
「ふぅ…」
誰もいない空間に気を張っても仕方ないと思い、溜め込んでいた息を一気に吐き出す。
一息ついてから覡は目にかかった青く長い前髪を思い切り上げて、オールバックのような髪型にする。すると大量の外気に触れた白い瞳はさらに白銀へと光りだす。
いつもの休憩時間を過ごしていると、何か懐かしむような顔で天井を見上げ続ける。
何も変わり映えのしない電灯と木目。いつもの風景を瞳に写すと、いつも思い出す記憶を瞳の奥底から引き上げて見る。
網膜に焼き付いて消えることのないそれは、彼の瞳の奥に永遠と残り続ける。その呪いとも言えるものを見ては過去を思い返して郷愁に浸る、そんな日常を過ごして早二年。
今日は今までよりも少し長く瞳を開ける。その原因は恐らく八ヶ八優真。
彼の姉と薄くも色濃くある因縁を気にしてしまったからか、覡は空を見つめたまま一人ポツリと言葉を漏らす。
「…まだ覚えてるよ。俺」
そう口に出す姿は、後ろから差す太陽の光に逆光して見えなかった。影で暗くなった彼は、唯一光を放ち続ける白い瞳を閉じて暗闇に溶け込む。
影の落ちた部屋が橙色に満ちるまでその場を離れることは無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます