2-3
ある日、藍居ビルシステム管理棟1101号室を一人の男が訪ねてきた。
「あさみちゃーん元気にしてる?」
「深海兄さん、何しに来たの。」
「かわいいかわいい弟に会いに来るのに理由が必要かい?」
藍居深海は藍居浅海の兄にして藍居ビルシステムの代表を務めている。
「深海兄さんがこんなところにわざわざくるなんて大方新しい入居者の契約でも決まったというところでしょうか。さっさと要件をお話しになって速やかにお引き取りください。」
「ほんとかわいくないねお前。」
深海はスズランテープを越えて浅海の髪の毛をわしわしとなでくりまわした。
浅海はそれについて特にリアクションするでもなく無視をしている。
「池に湧いたボウフラ退治ばかりしているメダカよろしく『水槽』で
深海は左手で相変わらず浅海の髪の毛を弄びながら壁に貼られた『え』を指さした。
「あれを書かせた
「僕は兄さんではないですからね。」
「脳みその出来まではコピーできないもんだな。コピーも繰り返せば質が落ちる。コピーのお前が作ったコピーなんだから当然『あれ』の質は劣る。それをあのいけすかない夏縋の家を追い出されたアレをここにわざわざ呼びつけて処理させるなんて、本当に、俺はここにはなるべく外部の人間はいれたくないのを知ってるだろ。」
「夏縋さんを連れてきたのは兄さんじゃないですか。」
「俺だって嫌だよ。夏縋の家が寄越してきたのがアレでしかも契約期間内に勘当されるってなんなんだよマジで。最悪すぎるだろ。まぁ、家追い出されるって一体何やらかしたんだよアレは。」
「でも夏縋さんは『消す』ということについての技術は確かですから。」
「それにしたって何回もシュレッダーみたいに使うもんじゃないんだよ。どうしようもないときに仕方なく使うんだよあぁいうのは。今回のは完全にお前の不始末でわけのわかんないものがわらわらどこからともなく湧いてくるんだからな。まさかアレを呼びたくてわざと
深海は指先で掻き回していた浅海の髪の毛をぐしゃっと鷲掴みにした。
「まさか。説教が済んだなら帰ってくださいよ兄さん。僕は忙しいので。
「あっそ。じゃね。」
深海は浅海の髪の毛から手を離して玄関の方へと消えていった。
「やれやれ形容詞だけで話すようになるのはジジイだよなほんとに。」
部屋の作り付けのクローゼットの中から夏縋が出てくる。
「『あれ』とアレとか、ものの名前が覚えられなくなった奴はみんなあれとかそれとか。歳はとりたくないもんだねぇ。」
「夏縋さん、うちの兄が失礼なことを。」
「藍居くん、寂しいからって何にでも自我を持たせるのはよくないよほんと。『お兄さん』に説教されてたのは流石に笑いをこらえるのに必死だったけど。『お兄さん』も『委員長』も自分が作られたものだなんて疑いもせずにそれを全うしている。藍居くんのそばに居ると自分も藍居くんが作った装置の一部なんじゃないかって疑いたくなるね。」
「それはないです。そのために外部の人を呼んでいるんですから。」
「まぁ、ままごと遊びも大概にしとかないと、
「でも、それの何がいけないんでしょうか。もともと僕は全うなものではないのは夏縋さんもよくご存知でしょう。僕にしろ夏縋さんにしろあの女学生にしろ兄にしろ、みんな自分がそう思うように振舞っている以外に一体何の違いがあるんでしょうか。」
「まぁ、それを言われたら返す言葉がないよ。藍居くん、楽しい?」
「楽しいかはよくわかりませんが、忙しいです。」
「そう。飽きたら言って。スズランテープ切るのは得意だから。」
「お気遣いありがとうございます。」
「んじゃ、お仕事がんばって。俺は帰って羽澄くんで遊ぶわ。」
夏縋はヒラヒラと手を振って玄関へと向かった。
アオイくん家の水槽マンション 望乃奏汰 @emit_efil226
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