第34話


 城は峯城、あるいは彩天とも朱天とも呼ばれる。朱がこの国では最も高貴な色であり、城ではそれが随所に現れていた。


 まずは上門にそれを見ることができる。美しい漆塗りのそれを、千璃は車の窓から遼灯の指に示されて見上げた。


 彩天の名は、庭を指したものかもしれない。常に視界のどこかに、決して途切れず花木の姿が映る。


 瑞々しい緑。伸び伸びと開く花。建物の廊下を進もうと、小さな庭がそこここに在った。


 今も橋廊を渡る千璃のすぐ横で、見たことのない花が揺れている。五弁の花びらは椿にも似ているが、もっと儚い印象だった。


 光沢のある白銀が微かな風にもあおられている。もう初夏、椿の季節でもなかった。


 知らないものばかり見ている、と千璃は思う。知らない世界がここにある。


 王は硝雲宮でお待ちです。女官の言葉を受けて、遼灯は嫌な顔をした。そして問うには、


「飛んでっちゃだめ?」

「ではお一人でお先に」


「千璃くらいなら運べるんだけど」

「千璃さまには道々にご覧いただきたいものもございます」


 付き合うか、と遼灯はため息と共に言った。千璃は小さく肯く。


 もとよりなにが待っているのかはわからず、遼灯に運ばれるというのは多少、怖い気がした。できるなら別の機会にと思うくらいには。


 ご覧いただきたいもの、にも身構えたが、先導する女官――麗春(れいしゅん)と名乗った――は調度や花木を示しただけだった。


 画師や職人、庭設えについての説明をする。客にするようにしているのだろうと千璃は思い、麗春の笑顔に少し心を楽にした。


 ただ時折挿まれる、ここに暮らすものに向けた話しぶりには曖昧な応えとなる。千璃さまのお好みの花を揃えましょうなどと、どうぞこのままで、と笑うよりない。


 さまと称することもやめて欲しかったが、言い立てるわけにもいかない。衣に着られている自分よりも、麗春の方がよほど高貴に見えるのだけれどと思いつつ。


 歩き方、手振り一つからして美しい。笑顔で遼灯を従わせたことからしても、それなりの立場が窺える。


 千璃はふと、自分の世話をしてくれていた女人を思った。國観の城勤めの人間であったのか、それとも昂鷲の一行の者であったのか。

 

 子どもを預けたことを思えば後者かもしれない。この城のどこかに居るのかもしれない。会えるだろうか。


 記憶はだんだんと甦って来るようだ。昂鷲に近づくに連れ? 戯れる自分たちを笑顔で見ていた武官の男も、やはりこの城に? 


 ……昂鷲さまは、お変わりになられただろうか? ――十年。


 自分は?

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