第33話

 王の命で迎えの一行に加わっているのではないのか、との問いは、口に出す前に答えが返った。遼灯は歯を見せて笑い、


「俺が居たほうが千璃が安心だろう? と思えば出さずにいられるかい。嫉妬は奥歯で噛み締めつつも」


 嫉妬? 聞いて、千璃は俯いた。遼灯は当たり前のように口にするが、それは捉え切れない言葉だ。


 今初めて、あの書をしたためたときの昂鷲の感情を思っていた。なにを思い、筆をとったのか。


 書状はわずかな荷物と一緒に行李の中にある。今ここで広げて確かめたいような、放り投げて逃げ出したいような気持ちになった。遠くへ遠くへ。


 なにを、と問われたら困る。

 なにか、わからないものが怖いのだ。


「遼灯は」

「うん?」


「遼灯は、お会いするときにも一緒にいてくれるんでしょう?」

「んな可愛いこと言われたと知られたら、俺、城を追放かもー」


「遼灯」


「居てやる。あいつの顔も見たいんだ。はてさてどんな――あぁ、そうだ。誤解のないよう念押しだけど、助けた恩を返せとかって意味で千璃を呼んでるんじゃないよ。昂鷲はそんな奴じゃない」


 千璃は首を傾げて考えて、


「そんなこともある、のね? でも違うのね?」


「全然考えてなかったんだな。千璃は面白い。本当に面白いや。まぁ頑張れ。怯むなよ。そんな必要はこれっぱかしもないんだからな。王だからって偉いもんでもない。迷惑千万くらい言ってやれ」


 王だから偉い、と思っていたのだが違うらしい。

 遼灯がひっくり返すものは、これまで千璃が常識としていたものだ。


 思い込み信じていたものは、ほかにも違ってくるかもしれない。


 鷹揚な方。琉衣の言葉。


 官位のない年若の空師にまで、その御名を呼ばせて厭わない。どころか勝手を言わせて構わない。


 それは自分がかつて知っていた昂鷲の姿と同じものだと――拾った子どもと気安くたわむれるそれと――思い、千璃は小さく息をついた。


 蝋燭に火を点したように、ぽうと胸があたたかくなる。少し、安心した。


「城はもうすぐ先だ」


 座っていても傾斜を感じる。馬車は坂道を進んでいた。


「ま、きれーなとこだな。見ておく価値はある」


 遼灯は上機嫌で、ずいぶんと軽くそう言った。 

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