第32話
華美ではないが花やかだ。
淡紅と白端の袿衣には花刺繍、散らされた小花が可愛らしく、千璃の雰囲気によく合っていた。
滑やかに軽く、手触りが知らぬほどに良い。恐れ多い借り着をしているようで、汚しては大事と触れられない。
千璃の手が袖から出てこないのはその為だ。車に乗ってからまだ一度も、指一本も出していない。
目は衣装にも眩むが、髪のせいでもあった。奏園の暮らしでは、小さな子どもも自分の手で髪を結う。
髪には霊力が宿るとされるため短く切ることは許されず、結い方も作法の内である。
他人の手に引っ張られ、さらに慣れない形に結い上げられた頭が重い。すぐに馴染みますと言われていたが、奇妙な感覚は強かった。
気持ちの問題でもあるが、簪の数や大きさも未知なのだから当然、意識していないと均衡を崩して前や後ろに倒れてしまいそうだ。
知らなくて幸い、白群細石を用いた細工櫛は国の宝品だ。知れば千璃は確実に、その重みに倒れたことだろう。
前に座った遼灯も、これまでとは異なる装いである。
礼装だ。深藍の衣は色味に曇りの一点もなく、細やかに作られたものだと知れる。
藍は濃ければ濃いほどに貴い色。王配下に列なる者とそれで知れる。知らずに見れば、凛とした有り難い空師さまだ。
しかし態度はなんら変わらず、今向かいに座る姿勢もだらしない。それでも馬車に乗るまでは真面目な顔で型通りの言動をしていた。
奏園の娘たちは憧れの眼差しを向けたに違いない。けれど同行した女官たちの中には可笑しそうに口元を隠す者もいた。城での有様が覗える。つまりはあんななのだろう。
その空師さまが衿を開きながら呟く。
「俺、叱られたよ」
「叱られたって……昂鷲さまに?」
久しぶりに出す声だったので擦れていた。千璃は小さく咳をする。早暁から起きて動いていたのに、昼になろうとする今までろくに口をきいていない。
今日、奏園では異例なことに、暁刻の鐘と同時に大門が開かれた。王城から遣わされた女官たちを迎え入れるためだ。
それに夏庭をはじめとする奏園の女人たちが加わり、共に千璃を飾り立てた。女官の携えてきた衣装と飾からより似合うものを選び出すことに、それに化粧と髪型にも、侃侃諤諤。
賑々しい大騒動だった。
遼灯はゆるゆると仕度半ばの頃に登場した。間に入ってこようとしたところを女官に追い立てられた後、別間で眠っていたらしい。
出発が整い、再び登場したとき、着衣はそうとしか思えない乱れ方をしていた。これまた女官にせき立てられ、寄って集って直される。
いかにも、と嫌そうな顔を見せ、それに千璃は今日初めて笑った。耳に瑚珠を揺らして。
「俺ばっか千璃に会っていたからさ。まったく子供かよっての」
「でも、今日だって……」
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