第15話
「かもね。ま、親戚のオバちゃんの軽口程度ってことで、許してくれんでしょ。でも、久蒔が言わなきゃ知られようがないんだけど」
絶対話しちまうんだろうなと、遼灯は雨闇に向けて顔を歪めた。付き合いの長さで負けている。
しかし今は、味方同士で久蒔を争っている時ではない。問題があるのだ。
「覚えてないってんじゃなぁ……。分も何もねぇや」
唸るような声が出る。対して久蒔は、平素と変わらぬ凛とした声で応えた。
「時間が経ちすぎているのですよ。なぜ今になって行動を起こされるのか。一言申し上げなくては我慢なりません。お戻りになられましたら、そう久蒔からとお伝えください」
「伝言運んだら、俺がここに来たことがまずばれちゃうんですけど」
「自力で誤魔化しなさいませ」
「誤魔化せって、久蒔」
あきれた調子で言ってから、夜空に笑いを響かせた。
まったく手厳しいと言うのか、気にされていないと言うべきか。国主であろうとあんな扱いだ、空師ごときはこんなでも良い方かもしれない。
お忍びと素性を隠して出入りする市中における粗雑な扱いも楽しんではいたが、正体を知った上での容赦ない仕打ちもまた良いのだろう、と昂鷲を思う。
久蒔は先王・竹浦の朋友であったと聞いた。父王が存命の頃から昂鷲も、親しんでいたのだとも聞いている。
からりと戸が開き、夏庭が茶と菓子を載せた盆を持って入ってきた。よ、と遼灯は手を上げる。
互いに従人同士、遼灯には久蒔よりも夏庭とのほうが馴染みが深い。王はお忍びで奏園に来て、久蒔は役目で城に罷り越す。
どちらの場所でも遼灯は夏庭とはよく喋った。こちらも親子のような気分であるのかもしれない。
夏庭は微笑んで見せた。遼灯が居ると知っていた風である。皿に並んだ吉菓子は遼灯の好みだし、杏茶はなによりの好物だ。
乾燥させた実を刻むところから始めるので、すぐに用意のできるものではない。はじめからすべては知られていたらしい。
もちろん奏園はそうでなくてはいかん、と遼灯は負け惜しみ半分うなずいた。
茶と菓子を並べると、夏庭は遼灯をちらと見、黙って下がって行った。一瞬の表情で充分に語ってくれる。
心配しているのだ、千璃を。責められたような心地をざらざらと味わいながら、遼灯は久蒔の澄まし顔に言う。
「なぁ、千璃……」
「えぇ」
「本当に覚えてねーのかな」
茶を口に運んだ。夏庭だけの丁寧さを味わう。
「覚えていて素知らぬふりなど、あの娘にできますものか。先日、王にも申し上げました。時間が経ち過ぎているのですと」
「忘れていることまでは言わなかっただろう。そもそも折に触れて、久蒔かあさんから恩人について語ってくれていても良かったんじゃないのか?」
「頼まれませんでしたからね」
「こりゃまたひどく怒らせまして」
「私の元から舞子をさらおうなどと、百年相当早過ぎます」
「それも伝える?」
「えぇ、是非にも」
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