第14話
空師とは、人の身で唯一空を駆ける術を持つもの。
素質を見出されし者は国の最北の険山、弦山に入りて修行を積み、その個々に特有の力を伸ばすこと、制御することを覚える。
幼い頃から親元を離れ、特異な集団に入るという点では舞手の生と似通っていたが、舞の才能を中央に据える奏園とは違い、弦山で学ぶことは幅広だった。
奏園よりも実際的であるとも言える。
修行を経た空師は通常、武に秀で、学問を成し、道を修めた者として知られるようになる。
王城にて王の守護の任に当たる者もあれば、市井に入り民に医術を施す者、学舎の師範となる者、武道場を開く者もある。
いずれを選んだにせよ、戦が起これば王軍として結集しなくてはならぬ決まりがあり、そのため下山後の動向は弦山が洩らさず掌握していた。
これはまた世を乱れから守る意味も持つ。
古事、並外れた力を持つ空師が我と我が力に溺れ、国を手に入れんとした事件があった。
成功例はないが、一度ではない。空師は只者ではない。理を忘れた力有る者とは、厄介なものである。
空師としての理は忘れていないが、奏園の規則を無視した少年・遼灯は今、警主任の大きな手に引きずられて、ずるずると廊下を進んでいた。
闇に浮いた後、実際には琉衣が見たほどの距離に達する間もなく、ほぼ真下の露台に引き込まれていたのだ。捕獲である。
こんなことになるのは予想の範囲だ。逃れる術がないわけではなかったがむやみに民を傷つけるわけにはゆかず、為されるままになっていた。
歩かなくて済むので、楽だというのもある。侵入者を抱えていない方の手で、主任が掲げる灯火以外は闇。
細く入り組んだ廊下の先になにが待つのか、わかっていた。奏園に忍び入って無事で済むはずがない。
済んだらいかんよなー、と思ったところで、遼灯は床に放り出された。
「いってぇ」
硬さに思わず声が出る。
一歩進めば畳だというのに。使われ者の悲哀は身をもって知ってはいるが、空師に狼藉を働くことに多少の躊躇もないものか。
見上げると警主任の姿は消えていた。
逃走。存分に躊躇っていたようだ。
「これは遼灯殿。ようこそいらせられました。お一人で、とは」
途切れたその先は想像に容易い。端的に言えば、――来るな。
部屋の奥から朗らかな笑いが声に続いた。行燈の灯を背に、扇子で隠した口元がどれほど歪んでいるのか、恐ろしい話である。
ともあれ遼灯は座すことを許された。となれば、と、指し示された椅子を踏み、やはり窓柵に座る。
笑いを納めた久蒔は無表情にて卓を挟んだ椅子に座った。音を立てて扇子を閉じる。威嚇だ。
「出過ぎた真似と叱られますぞ」
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