第13話
「え、どうして? どうして遼灯が」
なにを謝るの? 言う前に、横手の襖が左右に大きな音を立てて開いた。
「あなた誰? どうやってここに入ったの!」
両手を広げた琉衣が、目を見開いて叫ぶ。
話し声を聞いて駆けて来たのだろう、畳は足音を伝えず千璃たちは気付かなかったが、琉衣の息は弾んでいた。
「千璃から離れなさい!」
「あ、でも琉衣。遼灯は」
言いかけて千璃は言葉に詰まった。
遼灯は、なんだろう? 自分にもわかっていないのだから、琉衣に説明もできない。それを遼灯は横目で笑い、ひょい、と手を上げて言う。
「怪しい者じゃないんだけど」
「充分怪しいわよ。ここがどこだか言いましょうか。奏園。もう門は閉じてる。あんたのご主人様だってもうお帰りになったわよ。あんたがどちらかの旦那さまの従者で、待つのに飽きて迷いこんでちゃっかり千璃と遊んでたならって場合の話だけれど、これは。とにかく子どもだろうと男が居て許される刻は過ぎてるわ。即刻立ち去りなさい」
「違うの、琉衣。ほんとに遼灯は怪しくないみたいで、王城から」
「いいって、千璃。今日はこれにて退散する。また来るけどな」
「また来るって、ちょっと!」
「はいはい、ごめんね。まぁとにかくも昂鷲をよろしくってことで、今日のとこは」
「コウジュ?」
「やつの名前だ。また書くか?」
立ち上がりかけたのをまた戻り、遼灯は先程自分の名を記した白紙をつかむ。
琉衣は視線を斜めに落として息をつき、千璃に並んで少年の手元を覗き込んだ。
とりあえず危険はなさそうだと警戒は緩めるが、信用できるわけもない。いつでも応戦できるようにと、座り込むことはしなかった。
琉衣の得意技は蹴り、それは習った武術ではなく重ねた喧嘩で磨いた技だった。
麗しき舞手の園とはいえど、子どもが集まればそんなことも起こる。
年を重ねてここ数年そんな機会もなかったが、鈍っちゃいないはずと右足の筋を伸ばして立ちながら、遼灯の書き出した文字を見て、
「汚い字ね」
遠慮なく言う。
「味のある字と言う奴もいる」
「大切にしなさい。その人いい人よ」
「ま、戯れだな、んなもんは」
苦い顔で言った遼灯は、――気付けば木柵の上にいた。見ていたはずなのに追いきれていない。
速い。闇空を背景にじゃな、と軽く手を上げて、窓枠を蹴った。蛍火のような薄光、雨の滴に包まれてふわりと浮いている姿を見る。
琉衣が声を上げた。
「空師……!」
空に吸い込まれるように姿が消える。目を擦り、まばたいて、凝らしてみたがやはり居ない。
空師とはそんな技も使うのか。空を飛ぶ、と聞き、不思議な力を持つ、とも聞いたが、実中身は知らないに近い。
王の近衛だとも聞いたが……。琉衣は眉をしかめて振り返った。
「あの子、なに?」
千璃は半紙に目を落としたまま答える。
「遼灯」
昂鷲。
まるで呪でもかけられたかのようにその二文字から目を離さない千璃に、琉衣は息をついた。彼が去った西の闇を見る。
「王のお使いと言うわけね」
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