第6話

 それができるのであれば制御のための努力をと、周囲は当然そう思う。けれど千璃はそれを奇蹟だと思う。


 たまに訪れる珍しいものとして受け入れてしまい、それ以上先へは進まない。ささやかな、とはそういう意味だ。


 一歩を踏み込まず。舞にと限らずそのままそれは、千璃の性質そのものだった。


「考えたのは……ね」

「なにか思いついた?」


 首を傾げる仕草は、肯定でも否定でもない。千璃の声音は弱かった。


「もしかして、人違いなんじゃないか、と……」


 もたもたと篭を棚に上げる。後片付けの当番なのだ。少しだけ背の高い琉衣が手を添えてくれた。


「またまた変なところに考えをとばしたね。ま、ねぇ。見初めるにしたって、あたしたち御前で舞ったことなんてないし。舞ったとしても、おねえさんたちならそういうこともあるかも知れないけど、あえて飛び越えて千璃を見るかね」


 ふふふ、と琉衣は笑い、応えて千璃は薄く笑った。日常的な軽口、いつもなら笑い飛ばす内容だが、今はそんな余裕はとてもない。その様子に琉衣はさらに笑い、


「間違っていたって、そりゃあっちの責任だし。ちゃんと確かめなかった王さまが悪い。でも。人違いで大迷惑で、知られたら国単位にまぬけだね、千璃」


「まぬけでもいいから、間違いでいい」


 年輪を刻んだ久蒔にも負けない程、息が重かった。


「選べというのが鷹揚なような、王相手に選べるわけがないんだから、口ばかりとも言える」


 訳知り顔で琉衣は言う。


「選んだら、だめ? おかあさんは、王令には真摯に従えって」

「ん? そしたら千璃は断りたいの?」


「え?」


「だから、真摯に従って考えて、選ぶのは卓丞様ってこと? 結果を怖がるってことは、王意に反しちゃうってことでしょ、それ」


「あ、……うん? なんか、まだそこまで考えが届いてない、あたし。でも王は考えろって、それが王意であたしはそれに真摯に従うんだから、考えて決めて、えと、考えることは命に従っているけど、考えたあと出た答えが王さまじゃなかったら、あたしは従っていないことになるの? これ」


 琉衣は視線を浮かせて考えていたが、やがてふつりと切り捨てて、


「あぁ、面倒くさ。あたしもわかんなくなってきた」

「断ったりしたら、殺されたりするのかしら」


「王に逆らうってのは、そんな終わりだったっけ、この国。どうだろ。退く、と御自ら仰ったではありませんか、と民草の主張は通じるかしら。あ、そうだ、これって直筆なんだって言ってたわよ。すごいよ、千璃。これ宝物だよね」

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