第8話 女子中学生と小人さん

 □□□


 晶子が一頻り叫んで逃げだしたところを見て、髪の毛をかきあげる。

 顔に血みどろのメイクを施していたが、あの調子では見ることもなかっただろう。

 用意していた濡れティッシュで顔を拭いた。


「おわったですか?」

「ありがとう、小人さん。はい、これお礼」

「わはっ!」


 小人さんはスティックシュガーを持つと、満面の笑みで食べ始める。

 

 話はこうだ。

 昨日図書館から帰る直前に、この計画を閃いた。

 小人さんにお願いしたことは2つ。

 1つは、合図したら倒れた私を操り人形のように釣り上げること。

 試しにお願いしてみると、手足が引っ張られて宙に浮く。初めての空中浮遊で面白い体験をした。

 今釣り上げられた体験も含め、明日の夜、私が合図したらまたやってもらえないかと、スティックシュガー3本で小人さんに交渉すると、満面の笑みで応じてくれた。

 

 自分の要望があっさりと実現した後、家に帰る前、夜の中学校に忍び込み、鼻血を拭いたティッシュと手紙を晶子の机の中に入れておいた。

 きっと晶子は、手紙を読んで戦慄し、夜確かめに来るだろうと踏んだのである。


「きゃああああああああああああああ!」

 

 図書館の扉付近で晶子の声が響いて、2つ目の仕掛けにも引っかかったな、と思った。

 出入り口に向かうと、小人さんが事前に用意してくれた3mのトカゲが立っている。

 襲ってくる様子はないが、シュルル、と蛇のように舌を出してこちらを見てくる。一応小人さんに聞いてみたけど、ただうろつくだけで危害は加えないそうだ。

 しかし素で恐ろしいので、小人さんに早く消すようにお願いすると、煙が上がるように消えていった。


「あー! すっきりした!」


 晶子が驚いた顔を思い出し、大きく笑う。

 嫌いな誰かが苦しんだところを笑うなんて、我ながら性格が悪いと思う。

 ただ、こっちだって晶子のせいで昨日は死ぬほど怖い思いをして、怪我あり涙ありの大変な思いをしたのだ。これくらいの復讐をしても罰が当たらないだろう。

 

 そして、小人さんと会話をしながら館内の後片付けをした。

 扉付近を掃除していると、廊下が濡れており、アンモニアの厭な臭いがしていることに気が付く。

 正体を知って掃除したくなくなったが、これも自分が招いたことだと考え、しっかり廊下を磨いた。


「にんげんさんはだいまんぞく?」

「うん! 小人さんのおかげで大満足! 変なお願いしてごめんね」

「……きょうはもうかえっちゃうですか?」


 それを聞いてハッとなる。

 そうか、小人さんはずっと一人でこの図書館にいた、と言っていた。

 理由は本人にもよくわからないから、聞きだせていないが、ずっとここで一人だったらしい。


「うん、今日も学校休んじゃったし、帰って休もうかなって思うよ」


 そう答えると小人さんのつぶらな瞳はウルウルと涙がたまった。


「わー、おいてかないでぇ。にんげんさんといっしょにいたいですぅ」

「ねぇ、小人さんはここから出られないの?」

「でれますが?」


 出られるんかい。


「じゃあさ、うちに来なよ! スティックシュガー一気飲みするくらいだから甘い物好きなんでしょ? 今日のお礼も含めてケーキ用意してあげる」

「けーきですか!? にんげんさんはけーきをつくれるんです?」

「私は作れないけど、買ってきてあげるわね!」

「わぁ! にんげんさんはかみさまのようにやさしいですぅ!」

「もう、現金な子なんだから!」


 翌日、登校して晶子と顔を合わすと、ヒッ! と怯えた声をあげた。

 何か言いたげに口をパクパクとしていたが、髪の毛で顔を隠すような動作をすると、引き攣った顔をして逃げ出し、そのまま早退してしまった。

 以降、晶子から因縁をつけてくることはなくなった。


 その光景を見て美紀が何かあったの、と聞いてきたけど、さぁ? と空返事をしておいた。


 その日を境に、図書館の奇妙なうわさ話はなくなった。

 晶子が、気がふれたようにおばけと巨大トカゲが出ると主張したが、結局目撃情報がなかったため、自然と周りからあしらわれるようになった。


 後に、この町では小人を肩に乗せた女子中学生のうわさが広まるが、それはまた別のお話。

 1人と1小人の話は、ここから始まるのである。


 ~Fin~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とある女子中学生の図書館奇譚 拓田(たくた) しろう @takuta-shiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ