第7話 少女の告白

 ◇◇◇


 茹だるような熱帯夜。

 誰もいない図書館に一人の少女が入ってくる。

 少女の名前は間宮晶子。近くの中学に通う女生徒である。


 今朝の彼女は良い気分だった。

 先日父が、市長から一時閉鎖される図書館の鍵を借りたこと、そしてあの図書館には近づいてはいけないと忠告を受けた。

 そして計画を閃いた。あのゴリラ女を図書館に閉じ込めてやろうって。


 あの女は、本当に忌々しかった。

 私が大好きだった佐竹君をフるなんて。

 佐竹君はカッコよかった。だから勇気をもって告白したのに、『俺、あの子のことが好きだから。』とあっさりフラれてしまった。

 その後強がって、


『きっとあの子と佐竹君だったらお似合いよ。佐竹君から告白されたら喜ぶと思うわよ』


 そんなことを口走ってしまった。


 佐竹君はその後すぐに告白して、その時の事故で前歯を折ってしまった。

 心配になってお見舞いにいったら、


『お前のせいでフラれた上に前歯まで折れたじゃねぇか! どうしてくれる?!』


 その言葉がショックで仕方なかった。

 初恋が実らなかっただけでなく、好きだった人からそんなことまで言われるなんて、思いもよらなかった。


 これも全部あのゴリラ女のせい!

 あんな女、奇妙なうわさがある図書館で苦しめられればいいんだわ!


 ——そうして実行したら、思いのほかうまくいった。

 気分が良かった。これで私の傷心も報われる。

 有頂天になりながら翌日登校すると、机の中に血塗られたティッシュと手紙が一通入っていた。


 手紙には一言『お前が殺した』。そう書かれてた。

 恐ろしくなり、足が震えた。誰がこの手紙は入れたのだろう?

 あのゴリラ女は図書館に閉じ込めて出てこられないはずだ。その証拠に担任から今日は学校に来ていない、と説明があった。

 つまりこの手紙は、あの女以外のナニモノかが入れた、ということになる。


 美紀さんが話していた図書館のうわさ話を思い出す。

 あれはただのうわさ話だと思っていた。であればどうして市長の叔父様は入院したのだろう? 何故父は図書館には近づいてはいけない、と忠告したのだろう?

 近づくだけであればセーフなはずだと勝手に思っていた。だけど近づいただけでアウトだとしたら?


 恐ろしくて震えが止まらなかった。

 真夏だというのに、冷や汗が背中に伝っていくのがわかる。


 自分がやったコトの重大さを、そこでようやく理解した。

 あのゴリラ女であれば、一晩閉じ込めておいても死なないと思っていた。その考えが甘かったのかもしれない。

 先生の話も授業も頭に入らない。美紀さんにそれとなく話を聞こうとしたが、それが原因で疑われるのは困る。

 どうすればいいかわからず、一人震えたまま過ごし、放課後を迎えた。


 誰かに姿を見られたくない。夜になるまで待って南京錠を開けて、図書館に入った。

 暗闇に覆われた館内。静寂の中、自分の足音だけが鮮明に響く。

 カバンを置いた場所に行ってみると、ゴリラ女に渡した水のペットボトルとスティックシュガーのごみが散らかっていた。

 そしてスティックシュガーのごみが一定間隔で落ちていることに気が付いた。


 恐怖に慄きながら、ごみを辿っていくと、図書室まで続いており、ゆっくり扉を開けて中を除く。

 体操服を着た人が倒れているのが見えた。


「————ッ!」

 

 その姿を見て仰天する。汗が吹き出す。心臓の音がうるさい。

 心当たりのある女生徒の名前を口にすると、倒れた人は忽起き上がった。

 まるで糸に釣られたマリオネットのよう。生気のない姿を見て、臆面もなく叫び声を上げた。

 マリオネットは、髪に隠れた顔で叫んだ。


「お前が殺したんだ……晶子ー!」


 その言葉ですっかり腰を抜かし、尻もちをつく。

 それでも逃げ出すためにバタバタを手足を動かし、外に逃げていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る