第23話「失われた手紙」
星見ヶ丘学園の図書室、その片隅。
春の陽差しに照らされた本棚の裏で、
図書委員の男子生徒が、古びた箱をひとつ見つけた。
「整理してください」と頼まれたその箱には、
年代の違うラベルや埃まみれのカセット、
そして折りたたまれたままの何通かの手紙が静かに眠っていた。
どれも、持ち主の名前は見当たらない。
箱の隅にだけ、「思い出箱」と丸い字で書かれている。
男子生徒は、ふとした好奇心で一番上のカセットを手に取る。
ケースには、かすれた字で「卒業おめでとう」とだけ書かれていた。
再生ボタンを押すと、
微かな雑音の向こうで、昔の卒業式らしいざわめきとピアノの音、
そして、誰かが泣き笑いでメッセージを吹き込んでいる。
「……元気でね。またどこかで会おう」
遠い昔、まだ携帯もない時代。
伝えたかった思いは、こうしてカセットや手紙に託されていたのだろう。
その音は、今この瞬間も、時を越えて静かに響いていた。
手紙の封を、そっと開いてみる。
黄ばんだ便箋に、小さな丸い文字。
『あなたがいなくなったあとの教室は、
とても静かで、さみしかったです。
でも、カセットに録音してくれた“ありがとう”を、
私は何度も聴いて元気をもらいました。
あのときの歌も、きっと一生忘れません。
どうか、元気でいてください。』
宛名も送り主もなく、
きっと渡せないまま机の奥にしまわれていたのだろう。
でも、その“声”と“言葉”は、今も失われてはいなかった。
男子生徒は思い立って、
自分のスマホでカセットの音と手紙の一節をデジタル化し、
「学園思い出アーカイブ」として図書室の掲示板に紹介文を書いた。
「昔の卒業生の声や手紙が見つかりました。
もし心当たりのある方、あるいはこれを聴いてみたい方がいれば、図書室まで」
小さな呼びかけ。
誰も見向きしないかもしれない。
けれど、その声は静かに広がり、
やがて数人の生徒たちが“思い出箱”に耳を傾けに来るようになった。
ある日、掲示板の下に一枚のメモが貼られていた。
『小さい頃、お兄ちゃんが卒業する日、
カセットに「ありがとう」を入れてくれました。
私はそれをこっそり毎晩聴いていた小学生です。
大人になった今も、“あの日の歌”が忘れられません。
本当に、ありがとう。』
名前は書かれていない。
でも、過去からの手紙と今のメモがそっとつながった瞬間だった。
やがて、カセットと手紙をきっかけに、
昔の卒業生やその家族、今を生きる生徒たちの間に
“記憶のバトン”が渡されていく。
休み時間、思い出箱を覗く生徒たち。
カセットに新しい声を吹き込む者、
手紙に“今の気持ち”を書き加える者。
「ありがとう、過去の誰か」
「これからの私たちへ」
そんな言葉が、そっと重なっていく。
*挿入歌(時を結ぶコーラス)
♪
手紙に込めた言葉が
カセットに残る歌声が
時を越えて今、響く
会えなくても、伝わるものがある
忘れられたはずの気持ちが
誰かの心を照らしていく
過去と今をつなぐ 失われた手紙
♪
春の午後、図書室には新しい風が吹く。
失われたはずの手紙も、
カセットに眠っていた声も――
誰かの心に届いたその瞬間、
きっとまた新しい“思い出”へと生まれ変わっていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます