第22話「図書室の落書き」

春の午後、図書室の窓から射し込む光は、やわらかく机の上に広がっていた。


星見ヶ丘学園の図書室は、新学期を迎えたばかりのざわめきのなかにも、どこか変わらない静けさが漂っている。

本棚の影、カーテンのひらひら、椅子を引く音、紙の擦れる音――

その一つひとつが、日常のささやかなBGMとなって生徒たちの心に染み込んでいた。


その図書室の奥、利用ノートと一緒に置かれた一冊の“落書きノート”。


古ぼけた表紙に「好きなこと、なんでも書いていいよ」と、

何年も前の図書委員の走り書き。

最初は誰も気にとめていなかったけれど、

ある日、ふとした気まぐれで一人の生徒がページの隅に小さな猫のイラストを描いた。


それが、いつの間にか、

小さな“物語”の始まりになる。


「今日の給食カレーだった! やった!」


「おすすめの本は“夜のささやき”です。泣けます!」


「期末テスト、やばい……誰か助けて……」


そんなメッセージの合間に、

さりげなく増えていくラクガキ――

イヌの横顔、へんな宇宙人、

さくらんぼのキャラクター、そしてどこか哀愁ただようダジャレ。


ページをめくるごとに、知らない誰かの手のぬくもりや息づかいが伝わってくる。


昼休み、ひとり本を読んでいた一年生の女子。


落書きノートの「がんばれ」の言葉に、そっと微笑む。


隣の席の男子がこっそり「絵が上手ですね」と書き添えると、

数日後、同じページに「ありがとう。君も“顔”がいいね!(?)」という謎の返事。

教室で顔を合わせても気づかないまま、

ノートの中だけでひそやかなやりとりが続いていく。


進路に悩む三年生。


「図書室で落ち込んでばかり。

でも、ここの“謎解きクイズ”めっちゃ楽しいです。みんな天才?」


いつしか誰かが出したクイズに、次の日別の誰かが正解を書き込む。

知らない間にチームみたいな一体感が生まれていた。


美術部の生徒は、ノートの片隅にミニ四コマを描く。


読むたびにページのすみに「笑った」「続きが見たい!」とメッセージが増える。

作者は名乗らない。

でも、誰かの感想にひそかに小さく「(作者です、ありがとう)」と返す。


季節が巡るうち、落書きノートは何冊目かの交換を迎えた。


「受験、こわい。でもみんなの落書きで元気出た!」

「卒業したけど、また読みにきてもいい?」

「みんなに会ったことないけど、なんか友だちみたいです」


その言葉が増えるほど、

図書室の空気がちょっとだけやわらかくなる。


ある雨の日、誰もいない図書室で落書きノートをめくると、

ページの真ん中にこんな詩が残っていた。


『ここで書いた言葉や絵は、

きっと誰かの一日に、

そっと色をつける魔法になる。

ひとりの午後も、

みんなの落書きで少しだけ楽しくなる――

そんな図書室で、ありがとう。』


見知らぬ誰かの、見知らぬ誰かへの感謝。


「今日も、“あのノート”に何か書いて帰ろう」


そう思った生徒が一人、また一人と増えていく。

誰が書いたかはわからない。

だけど、ここで交わされた小さな言葉や絵が、

目には見えない友情や勇気に変わって、

この図書室に静かに息づいている。


*挿入歌(ささやかなハーモニー)

名前も知らない 君の言葉

落書きノートで出会えた奇跡

笑ったり 悩んだり 励ましたり

ページをめくれば 友だちになる

孤独な日も うれしい日も

みんなで描いた 青春のしるし


春の風が窓を揺らし、

落書きノートのページもふわりと踊る。


今日もまた、誰かの“はじまり”が書き込まれ、

知らない誰かの“勇気”がそっと受け取られていく――

それは、静かでやさしい図書室の魔法だった。

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