第24話「春への手紙」

春の校舎は、もうすっかり新しい季節の匂いに包まれていた。


桜は風に舞い、教室のカーテンがやさしく膨らむ。

廊下の掲示板には新しいクラスの名簿、

体育館では卒業式や始業式の準備が進んでいる。

その一方で、誰にも気づかれない静かな場所――

図書室の片隅や、屋上の手すり、部室のロッカーなどには、

今日も“未来”へ向けた小さなメッセージや“音”が静かに積み重ねられていった。


──放課後の図書室。


図書委員の女子は、カセットレコーダーのスイッチを入れる。

目の前には、まだ誰にも読まれていない一冊の詩集。

彼女はそっと、ページを開いて春の詩を朗読した。


「この春、私は新しい自分を探します。

小さな声でもいい、

誰かの心に届きますように――」


図書室に残る自分の声と、

詩の余韻がふわりと春風に溶けていく。


──生徒会室の片隅。


生徒会役員の男子は、卒業アルバムの間に手紙を挟んだ。

「来年の自分へ」と題したその手紙には、

いま悩んでいることも、

友だちや後輩に伝えられなかった感謝の言葉も綴られている。


「一年後、君はどこで何をしているのだろう。

不安もあるけど、

春が来るたびに、また前を向けますように。」


自分に宛てたその“音”のない手紙は、

静かにページの奥で未来を待っている。


──体育館の舞台裏。


演劇部の三人組が、古いカセットに思い出を吹き込んでいる。


「主役がうまくできなくて泣いた日もあったけど、

この部屋でみんなと笑ったこと、

私は絶対に忘れない。」


「次の春には、それぞれの道に進むけど、

またどこかで、

一緒に舞台に立とうね!」


台本をめくる音、

拍手や笑い声、

それらがカセットの中にそっと記録されていく。


──帰り道の自転車置き場。


自転車を押しながら、

下級生の女子がカセットに友だちへのメッセージを残す。


「部活で失敗してばっかりだけど、

いつも笑って励ましてくれてありがとう。

春になったら、私ももっと強くなる!」


風の音、鳥のさえずり、

自転車のブレーキのきしむ音までも、

すべてがその子の“春への手紙”になる。


──屋上のベンチ。


先輩から後輩へ回されるカセット。

「この場所でみんなで食べたお弁当、お花見した景色、

ぜんぶ、君たちに引き継ぎます。」


何気ない日々の音――笑い声や、おしゃべり、

時には沈黙さえも、

大切な思い出としてカセットの中に刻まれていく。


春の風にのって、

誰かの“音”や“言葉”が

そっと未来へと手渡される。


それは、教室や図書室の片隅で眠るかもしれない。

いつか、ふとした拍子に手にした誰かが耳を傾けるかもしれない。

そこにはきっと、

この場所で過ごした日々のきらめきや、

それぞれの小さな決意が息づいている。


*挿入歌(春色のコーラス)

春への手紙 音にのせて

まだ見ぬ未来へ そっと贈るよ

不安も迷いも あの日の涙も

君の心で 花ひらく

ひとりきりじゃない

思い出と約束が

春の風に舞い上がる


卒業していく生徒たち、

これから新しい一年を迎える生徒たち――

それぞれの“春への手紙”は、

今日もどこかで小さな奇跡を待っている。


ページをめくれば、

カセットを再生すれば、

そこには確かに、

この春を生きた誰かの“音”が息づいている。


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