20話 買物

「ノーミアちゃん、旅はどうだった?」

「大きなトラブルもなく快適だったよ」

「ノーミアちゃんの護衛さん、若くてカッコいい人がいっぱいだね。いいなあ~。補給隊はおじさんばっかり」

「ふふん、私の護衛さんたちはカッコいいのです」

 

 セレナ・マークア。ノーミアの聖女学校の同級生で、現在は補給隊の聖女としてノーミアの旅をサポートしてくれている。


 髪は明るい栗色で、肩まで緩やかなウェーブが流れる。瞳は柔らかな緑色、慈愛に満ちた微笑みを湛え細身だが姿勢は凛としている。ノーミアと同じように神聖な空気を纏っている。


 セレナはノーミアと楽しそうに話していたが、


「セレナ様~、早く来てください。みんな待っていますよ~」


 と支部の職員に遠くから話しかけられ、「は~い」と返事をした。


「いけない。会議に呼ばれてたんだった……ちょっと行ってくるね。ノーミアちゃん、この後はどうするの?」

「えっと……そうですね」


 とノーミアは僕をちらと見て、セレナに耳打ちをする。


「え? デート? あの人がノーミアちゃんが言ってた“王子様”!?」


 誇らしげな笑みを浮かべ頬を染めるノーミア。王子様とはどういう意味なんだろうか。


「そっか。じゃあルミエールの町、楽しんでね。また後で部屋に遊びに行くね」

「うん!」

 

 笑顔で手を振りあって別れるセレナとノーミア。なんかふたりの気品とかわいさで周りの空気が花が咲いたみたいに周囲がぱっと明るく見えた。


 聖女二人が醸し出す雰囲気にあっけにとられ、僕たちがきょとんとしていると、ノーミアこほんと咳払い。ゆるんだ表情に聖女の威厳をすこしだけ走らせて、僕たちに向かい合った。

 

「すいません、友達と話し込んでしまって。では皆さん、部屋に荷物を置きましょう。その後は自由行動とします!」


 おお! とタスク先輩が歓声を上げた。


「ただしルミエールの治安はミドルよりも悪いです。皆さんなら心配ないでしょうが、単独行動は避け、しっかり自衛をしてください。また夜が更ける前に帰るようにしてください」

「はーい」

「よぉし、そんじゃ飲みにいくかあ」

「鶏肉と卵が食える店、楽しみやなあ」

 

 僕たちは部屋に荷物を置き、各々ルミエールの町に繰り出した。



 ルミエールの町は川の近くに設置された宿場町だ。ミドルから馬車で3日の距離ということもあって、他の宿場町と比べて大聖堂の庇護が厚い。だから比較的治安は良いし(それでも警戒は必要だが)、市場にも大聖堂の認可を受けた正規品が多く並んでいる(非正規品も多いけど)。 

 市場には活気があり、露店ではそこそこの品質のものが売られていた。

 

 僕と一緒に歩くノーミアは以前も身につけていた町娘風の赤いドレスと赤い頭巾を被って身分を隠している。僕はいつも通りの黒で統一した服装だけど、護衛隊の紋章が入ったマントは裏返しにして、大聖堂の関係者と言うことは隠している。


「ちょっとそこの美人のおふたりさん、焼き栗はいかが?」


 と露店のおばさんが話しかけてきた。炭火でじっくり焼いた栗を皮のまま袋に詰めて販売している。

 

「わあ、焼き栗です。買っていきましょうか?」

「……あ」

 

 僕は『危なくないかな?』という言葉を呑み込んだ。全く知らない町だから、どうしても警戒に意識が行っちゃう。支部の人たちも僕たちに隠れてノーミア様の警護をしてくれているけど、こそこそした動きが気になっちゃうな。ゲイボルグも持っていない……槍はどうしても目立つからこういうとき持ち歩き出来ない。徒手空拳でも全然戦えるけど、今後のことを考え剣やナイフみたいな携行できる武器術も修めた方がいいかも。この町でナイフでも買えないかな。


「ツキ様?」

 

 って、だめだめ。戦いのことばっかり考えちゃ。もちろん警戒は大事だけど、僕はいまノーミアと買い物をしているんだから。


「……はい、買っていきましょう。栗は大好きです」

 

 楽しまないと。せっかくノーミアとふたりきりになれる時間なんだし……って思う一方で、僕みたいな人殺しがこんなに楽しんでいいのかなとも思ってしまう。

 僕たちはベンチに腰を下ろし、栗を食べた。袋から栗を取り出して、指で皮を剥き、ひと口に頬張る。隣でノーミアも栗を口に含んだ。ちなみにノーミアが上手に剥けないというので剥いてあげた。

 まず栗の熱が口の中でじんわりひろがり、香ばしさが鼻を抜け、噛むと舌の上をほのかな甘さがしみこんでいく。

 

「美味しい……」

「美味しいです!」


 こうやって栗のおいしさを隣で共有できるって幸せだな。栗が美味しくて止まらず、結局僕とノーミアは買った分の栗を全部、ベンチの上で食べてしまった。ノーミアは途中から辺境生まれの本性を表し、自分で上手に栗の皮を剥いていた。


「次はどこに行きましょうか?」

「実は気になっていることがあって」


 僕は携行用のナイフを買いたいのだとノーミアに言った。


「もちろん、いいですよ」

 

 ノーミアによるとここからそう遠くないところに金物屋があるらしい。


 金物屋は大通り沿いにあり、そこには正規品の金属製品が多く売られていた。正規品の品質はある程度保障されているから、買う側としても安心だ。その分高いけど。


「これにします」

「決めるのが早いですね」


 僕には前世の記憶があるから、武器の良し悪しは瞬時に判断できる。けど、もしかしたらデートとしては失敗だったのか。もっと悩むふりをしてノーミアといっしょに何を買うのか決めるべきだったのかも。と、僕は反省して、別の提案をすることにした。


「ノーミア様、これかわいくないですか」

「ブレスレットですか」


 金物屋に置かれた鉄と革を編みこんで作ったブレスレットを指さして言った。革の模様にバリエーションがあって、花柄、蔦柄、鳥の翼の柄などから選べる。価格も安い。ノーミア様も気に入ったようで、僕たちはそれぞれ相手に似合いそうな柄を選んで、お互いにプレゼントすることにした。

 

「ノーミア様は草花の模様が似合います」


 僕は伸びた茎と花が絡み合うようなデザインのブレスレットを選んで見せるとノーミアは「これが良いです!」とうれしそうに頷いた。良かった。

 

「ツキ様にはこれが似合うかな」


 ノーミアがひょいとつまんで見せてくれたブレスレットには満ち欠けする月の模様があしらわれていた。

 

「ツキ様は“月”って感じです。いつも冷静そうで、実は心の奥でいろいろ考えてる。たまに満ちたり欠けたり、機嫌がよくわからないとこもそっくり」

「僕、機嫌わからないかな?」

 

 ノーミアはくすっと笑った。


「でも、私はちゃんと分かってますよ。はい、どうぞ」

「ありがとう」

 

 お互いに気に入るプレゼントが出来て嬉しい気持ちで僕たちは店を出た。互いの左手にブレスレットをつけた。

 そして僕たちは支部に帰ることにした。なんというか気持ちが満たされたからだ。帰り道を横並びで歩いていると、ノーミアの手が僕の手にちょんと触れた。


 手をつなぎたいのかな……と思ったが、人の目があって恥ずかしい。僕は気が付かないふりをすることにした。けどノーミアはことあるごとにちょんちょんと手を触って来る。


「手を繋ぐのは恥ずかしいです」


 と僕が言うと、


「私が人混みにはぐれたらどうするんですか。手を繋ぐのは護衛のために必要な行為です」


 はぐれるほどの混み具合ではないのだが……と考えて、そこでようやくノーミアが逃げ道を作ってくれたのだと気がつく。僕の性格を考慮して……。


「護衛のために必要なら仕方ないですね」

 

 仕方なく、僕はノーミアの手をそっと握った。

 手を通じてノーミアを感じる。心までつながっているみたい。

 幸せってこういうことなのかな……けどその時、なぜか頭にモロの顔が浮かんだ。モロは口から血をたらたらと流しながら、フヒヒヒヒと笑った。……モロは僕が初めて殺した人間だ。今も時々、頭に浮かんでくる。


(このまま手を繋いだら、ノーミアにモロが伝わっちゃう……)


 僕はノーミア様の手を握るのを止めた。


「ツキ様、嫌でしたか?」

「ごめん……」

「ううん……」

 

 僕たちはそれ以降、手を繋ぐことはせず、横並びに歩いて帰った。


 

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