21話 不穏

 

 僕とノーミアは町を歩いて部屋に帰った。帰路は穏やかな雰囲気だったが、部屋にもどると僕がノーミアの手を放してしまったことが尾を引いて、どこか遠慮したような気まずさもうっすらと流れていた。


 どうしよう。

 何気ない仕草が、こんなにも距離を生むなんて思わなかった。ノーミアの笑顔の奥に、僕を気遣う遠慮が見えた気がして、胸の奥がひやりと冷えた。

 どうにかしたいけど謝るのも違うしな……と思った時、ドアがノックされた。


「はーい」

「セレナです!」

 

 ドアを開けると、セレナ様がいた。たくさんの本を抱えている。

 

「やほー、ノーミアちゃん!」

「セレナちゃん! 本を持ってきてくれたんだね」


 ノーミアとセレナ様は、両手をタッチしながら笑顔ではしゃいでいた。本当に仲のいい友達なんだな。

 ノーミアと僕はセレナが持ってきた本を、部屋に運ぶ。

 

「今夜だけで本当にこんなに読めるの?」

「へへ……本を読むだけが取り柄だし」

「さすが優等生だね」

「セレナちゃんだってすごいよ。補給隊のリーダーなんだし……」

「補給隊……」


 とセレナが繰り返した声に、かすかな揺らぎが混じった。


「…………」

 

 もしかすると、ふたりの間には、わだかまりのようなものもあるのかも。

 考えてみればノーミアは僕よりも年下だ。なのにダルトン卿の反乱鎮圧なんてすごい仕事を任されている。同期からすれば、ノーミアは優秀すぎて劣等感を覚えるような存在なのかもしれない。

 でもセレナ様といるノーミアは楽しそうだし、きっとノーミアにとって大切な友達なんだと思う。

 

「ノーミアちゃん、ちょっとふたりで話さない!?」

「うん。いい場所あるかな」

「そうだなあ、支部はどうしても人目があるからなあ」


 ノーミアたちが二人きりになれる場所を思案しているようなので、僕は壁に立てかけてあったゲイボルグを手にした。


「ちょうど槍の訓練をしようと思ってました。ちょっと出てくるので、この部屋でお話されてはどうですか?」

「ありがとうございます。ツキ様……」

「ツキ様、お気遣いありがと~。訓練場の場所はわかりますか?」

「たぶんわかります」

 

 僕なりの気遣いが上手くいったことに満足して、部屋を出た。

 


 訓練場へ行くと、屈強な男たちが各々武器を振るっていた。ざっと見回すと手練れも何人かいるようだ。ゲイボルグなしだと勝てないかもと思わせるようなやつが。僕は訓練場の隅っこのほうで槍を振るった。


 毎日やっている、ランセリアの槍の演舞。

 突く、突く、突く、突く(蓮華衝)。けん制、払う、払う、突く(無双三段)。

 舞いを通して基本の型をすべておさらいできる。無心で槍を振るっていると、いつの間にか周囲の目が僕に向いているのがわかった。


「すばらしい!」


 演舞が終わったと同時に、一人の男性が僕に話しかけてきた。シエル先輩と同じくらいの背丈の大男。年齢はだいぶ上かな。きれいなあご髭のおじさんだ。けど肉体は鍛え上げられている。上半身がむき出しで、目のやり場に困る。むんと、熱気を帯びた汗のにおいが漂って来る。


「どうも」

「ランセリアの槍術は久しく見ることはありませんでしたが、あらためて良いものですな。美しさと合理性が両立して」

「ありがとうございます。よくランセリアとわかりましたね」

「槍のマニアなもので」


 そして男性は二本の木の槍を手にとった。


「実は私、あなたの演舞で……その、たぎってしまいましてね。どうです。手合わせを願えませんか」

「あなたも相当な実力ですね。僕にも得るものがありそうです。でもいいんですか?」

「なにがです?」

「僕は女です。負ければあなたの名誉が傷つく」


 怒るかと思ったが、意外にもおじさんはふ……と微笑みを浮かべた。


「強さに男女は関係ありません。勝った者が強い、それだけです。この手合わせにあなたを貶める意図はありません。私が負け、名誉が傷ついたとしても、あなたを恨んだりしない」

「わかりました。あなたは尊敬に値する志をお持ちのようだ」

 

 おじさんから木の槍を受け取る。ちらとその槍を一瞥する。


「…………」


 ふうん。このおじさん、なかなか面白い手を使うみたい。『勝った者が強い』、か。それを地でいくお方のようだ。


「それではお願いします」


 おじさんが槍を構える。槍に覚えがあると言うだけあって隙がない。長年の鍛錬の成果が見える。

 僕もおじさんに応えるように槍を構えた。僕たちが向かい合うと同時に、訓練場の空気がざわつき、周囲の者たちが訓練の手を止めて僕たちを取り囲むように見物に集まった。


「相対してみるとやはり凄まじいですな」

「寸止めルールでいいでしょうか?」

「いえ。幸い聖水があります。一撃入れるまでやりましょう」

「わかりました」


 僕の実力を理解した上で、そのルールを提案するなんて。相当自信があるんだな。自信に見合った実力はあるんだろうけど。


「始める前に名乗りますか。名乗ってからはじめるということで」

「わかりました」


 おじさんは槍を構えたままこほんと咳払い。


「我が名はローク・マーシャル。補給隊所属です」


 ローク・マーシャル……ってあの“魔具破り”のローク? 魔具所有者に一対一で勝ったとか。それも実戦で。伝説みたいな人じゃないか。


 ――面白い……!


「ツキ・ランセリア。護衛隊所属――」


 ――と僕の名乗りの余韻が残るうちに、おじさん…………ロークは動いていた。意表を突かれ反応が遅れる。名乗りが終わったら勝負を始めるって言ってたな……おじさんはルール違反はしていない。ルールの許容範囲の内で意表を突いてきた。

 だんっと音が響くほどの踏み込みと共に繰り出された突きは速く、鋭い。


 初動で出遅れた僕は受けに回らざるを得ない。つまり防御に回る。

 槍同士戦いにおける防御は基本、円運動で行う。まっすぐに突き出される技に対して、穂先を円を描く軌道で槍を動かし、絡め取るように突きの軌道を逸らすのだ。その際重要となるのが槍の柄のしなり……なのだが。


(その槍では難しいでしょう!)


 と言うおじさんの心の声が聞こえてくる。

 

 ロークが僕に渡した木の槍は硬くてほとんどしならない。突きの威力は出るが、円運動の防御には向いていない槍を渡されていたのだった。

 

 ――まったく大したおじさんだ。

 

 予め防御に不利な武器を渡し、虚をついて後手に回らせる。ロークは戦いが始まる前にすでに勝ちの絵を描いていた。

 なるほど……強い。

 先輩たちにはない老獪ろうかいな強さ。おじさんは本当に強いよ。

 

 けど老獪な戦術だけで勝てるほど“神槍”は甘くない。円の防御が出来ない……ならばどうするか。超絶技巧と言うやつを見せてあげる。

 

 最小限の踏み込みで、最小限の動作でコンパクトな突き繰り出す。威力は出ないがその分精密な攻撃が出来る。狙うはおじさんの突きの先端。

 おじさんの突きはただまっすぐな軌道ではなく、槍のしなりを生かしたブレのある突きだ。だが僕の突きは、点と点が合わさる一瞬を正確に捉えた。


 円の軌道での防御が出来ないなら、“点”で防御をすればいい。


 カツ、と槍の先端同士がぶつかる。槍の中心からパキン、と音がして細いひびが走り、次の瞬間、縦に裂けて破片を撒き散らした。おじさんの表情に驚愕が浮かぶ。

 点の防御は攻防一体。守りが継ぎ目無く攻撃につながる。

 僕はさらに踏みこみ、おじさんの手に僕の槍を突き入れた。槍を折った時点で勝負はついたので軽めに。


「参った!」


 おじさんが手を押さえて敗北を認めた。


 「あのロークが一撃で……」とギャラリーがざわめく。たしかに傍目には一撃で勝負はついたように見えただろう。けど、一撃の間にいろんな駆け引きがあったんだ。これは対峙した者同士にしかわからないかもね。


「痛くありませんでしたか」

「少しだけ。なに大した痛みではありません」


 おじさんは折れた槍を拾った。

 

「まさかこんな勝ち筋があるとは思いませんでした」

「いえ。こちらも学ばせてもらいました。立ち合う前から勝負は始まっていた」


 ロークは少し目を丸くした。


「私の仕掛けにお気づきでしたか」

「僕に渡された槍はしならない分、硬かった。円の防御には向かないけど点の防御には向いてました。それを利用させてもらいました」

 

 ロークは額に手を当て、「参ったな。完敗じゃないか」とつぶやいた。その目には僕に負けたことへの悔しさと敬意の光が滲んでいる。


「私の思惑を見抜いた上、突きを後出しの突きで防ぐとは。すべてを見切っていないと出来ない芸当です。上には上がいると思い知らされました。私も精進せねば」

「僕も正面からぶつかるだけが戦いじゃないと教えていただきました。ありがとうございました」

 

 と僕とおじさんは握手をした。


「出発前にいい経験が出来ました」

「ああ、そうか。補給隊は明日の朝に発つんですね」


 ロークは革袋を取り出し、中に入った液体をごくごくと飲んだ。


「セレナ様の聖水です。他の聖水に比べると柑橘果汁のようなさわやかな酸味が特徴です。いかがです?」

「いえ、僕にはノーミア様の聖水があります……それに他の聖水は飲まないよう言いつけられていますから」

「“呪水対策”ですな……そう言えば、護衛隊の方々はミドルの街の呪水騒動にも関与されたとか?」

「はい……」


 僕は、廃聖堂での出来事をかいつまんで話した。呪水を飲んだ売人たちが、自意識を失い操り人形のようになったこと。そして、売人たちに呪水を売りつけ、操っていた女がいたこと。操られた人たちは廃人のようになったこと。黒幕と思わしき女はまだ捕まっていないこと。そして僕たちはその女が魔女キールだと思っていること……。


「実はルミエールでも同じ特徴の女が目撃されているのです。黒髪、白い肌、赤みがかった瞳、細身の体……」


 あの女と同じ特徴だ。


「――もし同一人物なら、この町にも呪水が……?」

 

「黒髪はなかなか珍しい特徴ですから記憶に残りやすい。その女がキールならが、この町でも呪水が流通している可能性があります」

「けど、この町の検門は厳しい……キールに突破できるのでしょうか。他人の空似ではないですか」


 聖女のノーミアでさえ聖唾での本人確認をされたほどこの町の検問は厳しい。指名手配されているキールが突破できるとは思えないんだけど……。

 

「何事にも抜け道というものがあるのです、ツキ様。そしてわずかでも懸念があるなら警戒しておくのが護衛というもの」


 ロークおじさんは僕の肩をポンと叩いて、木の槍を肩に担いだ。


「さて私はここで負けた憂さ晴らしをしてから明日の出発に備えます。ツキ様はどうされます?」


 今日買った短剣の使い方を試してみたかったのだが、ロークおじさんの話を聞いて、急にノーミアを部屋に残してきたことが不安になった。いても立ってもいられない。


「僕は、部屋に帰ります」


 と僕は訓練場を出て、ノーミアのもとへと向かった。


 

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