第2章 ふたりの聖女

ルミエール編

19話 到着

 石畳で整備された交易路を3日かけて進んだ。僕たちを乗せた馬車が、拓かれた農地を抜け、未開拓部分が残る森を通り過ぎ、ふたたび農地を超えたとき、遠くにぽつぽつとレンガの建物が見え始めた。


「ノーミア様、ルミエールの町が見えてきましたよ」

「わあ……」


 手綱を握って馬の速度を調整しながら言うと、補助席のノーミアが頷いた。ノーミアの表情には「やっと着いた」という安堵の色が見える。どうにか宿場町に着いて区切りがつき、ほっとしているのだろう。


 ルミエールはミドルの街と辺境の間にある宿場町のひとつ。大聖堂の庇護が厚く治安は宿場町にしては良い。交易の拠点としても栄えており、市場は活気にあふれているらしい。


 聖女の癒しがあるから3日間の旅の疲れはないものの慣れない馬車の移動は窮屈だった。5人の旅は楽しかったが、集団行動は気疲れするところも多かった。豊富にあった食料や資材が旅をするうち減っていくのも不安だった。ルミエールに着いたことでそれらの心配事が解決する目途が付いた。


「着いたらどこ行く?」

「適当な酒場で飲もうぜ」

「うちも行ってええ?」

「いいですけど、ノーミア様のお世話は?」

「あぁ~、仲良し大作戦……つってもあんたらには伝わらんよなあ。とにかくノーミア様は大丈夫やと思う」


 馬車にいるシエル先輩、タスク先輩、レイブンも浮かれている。レイブンさんはいつの間にか先輩たちと飲みに行くくらい仲良くなっている。


 と、その時ノーミアが僕の肩を指でつっついた。僕は横目でノーミアを意識しつつ、「はい」と返事をした。

 

「ツキ様は、どうされるんですか? 宿場町では支部の方に守ってもらえますから、ツキ様も自由に行動できますよ」

「僕は……」


 言葉に詰まった。やりたいこと、か……僕がやりたいこと。


「……僕はノーミア様のそばにいたいです。ノーミア様を確実に守りたいから」

「……ツキ様」

「あ、ごめんなさい。ノーミア様にもやりたいことがありますよね」

「ううん」


 ノーミアは僕の肩に頭をもたれかけた。


「私もツキ様にそばにいて欲しいです」

  

 宿場町は外壁に囲まれ、中に入るには門を通過しなければならない。門では門兵による検閲が行われるため、身元を証明する必要がある。

 ふたりの門兵が互いの槍を交差して、僕たちの通行を制限する。

 

「聖女ノーミアです。通してください」

「お話はセレナ様より伺っております。では聖唾をこちらに」


 銀色の皿の上には、黄色味がかった小さな紙が置かれている。ノーミアは袖で口もとと皿を覆うようにして隠しながら、その紙を聖唾で濡らした。すると黄色かった紙の色が、ピンク色に変わった。詳しくはよくわからないが聖女の唾液に含まれる成分で、身元を証明する紙なのだとか。


 門兵はピンクに変わった紙を確認すると、「確かに。お通りください」と、槍の構えを解いた。


「ルミエールにようこそ。ノーミア様」

「どうも」

 

 門兵たちが一斉に敬礼する。

 

「検査なんて嫌な感じ。聖女専用馬車クラウソラスを見た時点で通してくれればいいのに」

「そういう決まりですから。ダルトン卿との反乱のせいで、どうしてもスパイを警戒する必要がありますからね」


 苦笑いを浮かべるノーミアを横目に僕は馬を進めた。


 

「あれがルミエール支部かあ」


 大聖堂の支部はルミエールの町の中心に位置している。僕たちはそこにクラウソラスを停泊し、先行している『補給隊』から、食糧や物資の補給を受けるのだ。大聖堂の支部には僕たちが宿泊する部屋も用意されているらしい。


「ようこそノーミア様」


 支部の職員の案内で支部の門を潜ると広い庭園があった。庭園には樹木や花園などが整備されていた。その奥には僕の屋敷の2倍近い大きさの立派な建物が見える。

 僕たちはまず支部に馬車と馬たちを預けると、受付へと向かった。

 

 受付には待合所のようなテーブルと椅子が並ぶスペースと受付カウンターがある。カウンターの奥には支部の職員だろう、ノーミアやレイブンさんが来ている白い制服に身に包んだ人たちの姿がちらほら。


「ちょっと手続きをすませてきますね」


 とノーミアが受付カウンターに向かい、さらさらと書類にペンを走らせる。僕とレイブンさんは待合スペースで雑談をしながら手続きが終わるのを待っていた。シエル先輩やタスク先輩は、職員や支部を訪れている人たちに話しかけ、いい酒場や店を聞いて回っている。



 とノーミアがこちらに戻って来た。手続きを終えたようだ。


「支部の宿泊用の部屋を使わせてもらえることになりました。割り当てられたのは2部屋です。なので男部屋と女部屋に分かれて……」


 とノーミアはテキパキと部屋割りを指示する。


「僕はどっちの部屋に行ったらいいんでしょうか」

「?」


 とレイブンが「何いっとんの」と言いたげに首を傾げた。

 

「ツキ様は、私たちと一緒の女部屋です……いやですか」

「い、いやじゃないけど」

「ふたりきりになりたいん? うち男部屋いこうか……?」

「いやいや、だったら僕が男部屋に行きます」

「いやいやいや、なんでおまえら男部屋に入ってこようとするの」


 とさらに問題がややこしくなり、収拾がつかなくなりかけたところで、ノーミアが大きめな声で言った。

 

「部屋は男と女で分けます。妙な噂が立つといけませんからね」


 それで問題は解決し僕らの部屋割りは決まったのだった。僕が余計なことを言ったせいで変な空気になっちゃったな……気をつけよう。


「というわけで3人相部屋やで」

「よろしくお願いします」


 と部屋に向かおうとした時だった。


「ノーミアちゃ~ん!」 


 と受付カウンターの向こうから女の子が手を振ってやってくる。ノーミアと同じそでに金色の刺繡がほどこされた白い制服、たぶん大聖堂の関係者……けど歳はノーミアと同じくらいに見える。髪は明るい栗色で、肩まで緩やかなウェーブが流れる。瞳は柔らかな緑色、慈愛に満ちた微笑みを湛え細身だが姿勢は凛としている。雰囲気にノーミアと同じ神聖な感じがある。

 

「セレナちゃん!」


 とノーミアも大きく手を振り、ふたりは向かい合うと両手を握りあって笑顔を浮かべた。


「会いたかった~」

「私も~」


 そしてノーミアとセレナはぎゅううううううと音が聞こえてきそうなくらい強く抱きしめ合ったのだった。


「……」 


 なんだろう。このもやもやした気持ち。

 ノーミアとセレナはしばらく抱きしめ合ったあとで、ポカーンとした表情を浮かべる僕らに気づいたらしい。ふたりは合体を解除し、セレナとノーミアは僕たちに向き合った。


「あ、護衛隊の皆さま、はじめまして! 私はセレナ・マークア。補給隊の聖女ですっ! よろしくお願いします」

「セレナちゃんは私の聖女学校の同期でとっても仲良しなんです。補給隊として私たちの旅をサポートしてくれているんですよ」


 ノーミアが笑顔でセレナを紹介すると、セレナはスカートのすそを持って膝を曲げた。シエル先輩とタスク先輩は目を丸くしながら「かわいい」「かわいい」とうわごとのように連呼していた。


 ノーミアとセレナは手を握り合い、笑顔で話し続けていた。僕はその光景を少し離れて見つめながら、胸のモヤモヤを抑えきれなかった。


(どうしてこんな気持ちになるんだ…? ノーミアが友達同士笑ってるだけなのに)


 僕の心がもっと単純だったら、こんな風に思わなかったのかな。


 

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