第3話 ホテルの部屋の死体

 ホテルで、

「人が死んでいる」

 ということが警察に通報されたのは、午後9時を過ぎたあたりだった。

 今回死んだ女の子は、デリヘルでも、結構人気の女の子ということであった。

 デリヘルにその子が入ったのは、時間としては、

「午後7時頃だった」

 ということなので、お客の女の子の。

「拘束時間」

 としては、平均的ということではないだろうか?

 約2時間ということで、シャワーの時間、会話の時間などを含めると、時間的にはちょうどいいくらいではないだろうか。

 しかし、デリヘルに限らず、風俗をよく利用している人にいわせると、

「女の子と一緒にいれば、2時間でも、あっという間の気がするから不思議なんだよな」

 ということであった。

 ソープなどでも、

「マットコースとなると、60分コースからで、マットもベッドも一緒ということになると、100分コース以上からが望ましい」

 といわれている。

 実際に、

「店ではそれを必須としているところもあって、逆に客が迷うことはないので、ありがたい」

 といってもいいだろう。

 このホテルは、名前を、

「エレガント」

 という名前であるが、名前のように、豪華絢爛の店ではなく、もう建て替えてから、30年以上が経っているというような気がするくらいの、旅館であれば、

「老舗」

 といってもいいだろう。

 しかし、これがラブホテルになると、

「さびれていればいるほど、まさに、見た目通りだ」

 といっていいだろう。

 ワンフロアに6部屋があり、2階から5階までが、客室ということで、ちょうど、24部屋ということであった。

 シティホテルのようなところであれば、部屋のランクがそれぞれあって、部屋によっては、

「マッサージ器」

 がついていたり、

「カラオケができる」

 という部屋があったり、バスルームには、

「サウナがついている」

 というところもあるようだ。

 しかし、今回の、

「ホテル・エレガンス」

 というところは、そんな部屋によってランクが分かれているというわけではないので、ホテルのランクとすれば、やはり、

「いかがわしい」

 というレベルの、

「本当のラブホテル」

 といってもいいだろう。

 実際に、デリヘル嬢の人気でも、このホテルは、最低ランクに入っていて、

「ホテル・エレガンス」

 を指定してくる客は、ろくな客ではないので、

「なるべくなら行きたくない」

 ということであった。

 だから、しかも、駐車場が、ロビーの前にあり、目の前が、ホテル街に面した、

「狭い路地」

 ということで、そこで送迎の運転手が待っていると、歩いている人から丸見えで、なるべくなら、

「このホテルを指名しないでほしい」

 というのは、女の子だけではないということであった。

 このホテルにおいては、今はもう知っている人は少なくなったが、

「まだ、このホテルが立て直しをする前だから、昭和の頃だっただろうが、

「自殺者がいた」

 ということで有名になったという。

 もちろん、店のオーナーは、それくらいにことは知っていたが、他のスタッフや、まだ若い人は知らないだろう、

 もし、知っているという人がいれば、それこそ、

「40代後半くらいの中高年と呼ばれる人ではないだろうか?」

 ということであった。

 だから、

「ホテル・エレガンス」

 で、殺人事件があった。

 ということを聴くと、

「30年前の自殺した女性がいた」

 という事件を思い出す人もきっといるだろう。

 ただ、思いは人それぞれで、その時に、

「自分がいくつだったのか?」

 ということを考えれば分かるというものであった。

 もちろん、

「自殺者が出た」

 ということで、薄気味悪いので、

「ホテルを畳む」

 という話も出たということであったが、さすがに、従業員のことを考えると、いきなり閉鎖はまずいということで、

「ちょうど老朽化もしていた」

 ということで、立て直しで肩が空いたということであった。

 このホテルは、立て直しの前は、いかにも、

「モーテル」

 という感じのところで、都心部であれば、ネオンサインが激しいのだろうが、こんなホテル街ということであれば、

「紫色の目立たない色で、しかも、青と赤のコントラストが、ホテルを妖艶な雰囲気に醸し出すのであった」

 その頃は、まわりのホテルも、

「似たり寄ったり」

 ということであった。

 もっといえば、

「どこもかしこも、似たような立て方で、まるで、都心部の公団住宅、つまりは、団地のようなものだ」

 といってもいいだろう。

 どの部屋も判で押したような部屋で、考えてみれば、今の、

「マンションとも同じはずなのだが、アパートや団地、それにマンションとでは、まったく違ったもののように言える」

 しかし、それが、

「ホテルということにあると、部屋ごとに置いてあるものが違ったり、価格が違うというだけでも、高級感が溢れる」

 というものであった。

「だから、今は、団地やアパートというのがどんどん減ってきていて、新しく立ち並ぶ」

 ということはありえないといってもいいだろう。

 マンションは、どんどん建っているのだが、アパートなどはm

「需要がない」

 ということなのか、建てようとする人もいない。

 団地は、

「公団」

 というだけ、

「税金がらみということにもなるので、簡単にたくさん作るということにもいかない」

 ということであろう。

 だから、

「古臭い、昔からあるようなラブホテルはmどんどん減って行っている」

 とはいえ、一時期のような、

「シティホテルのようなしゃれたホテルが立ち並んでいた時代とは違い、今では、

「新しく建てる」

 ということもなくなってきたのだろう。

 風俗店、特にソープというものは、風営法で、

「新規参入はできない」

 ということで、

「実際に店を経営している人が、経営から撤退したソープの後に、別館のような形で入る」

 ということであれば問題はない。

 もし、

「コンセプトが違う」

 ということで、大々的な改装工事というのであれば、

「風営法違反」

 ということになるだろう。

 つまりは、

「いくらコンセプトが違うといっても、立て直しになるような、

「風呂場の浴槽の位置が変わっている」

 というようなことは、許されないというのだった。

 それだけ、

「ソープのような風俗業界においては、いずれはすたれていくものだ」

 ということを当たり前の風習として、受け入れるように後進にどのように説明をすればいいのかということである。

 昔のように、今の風俗というのは、

「借金」

 であったり、

「やくざの資金源」

 ということであるような状態ではなく、

「女の子が、自分から職業として選ぶという職業である」

 というのに、

「何をいまさら、風俗について、あれこれ問題視しなければいけないのか?」

 ということである。

 風俗業界というものを、どうしても、差別的な、特に、

「今の時代であれば、

「女性蔑視」

 あるいは、

「女性差別」

 というものになるのではないだろうか?

 確かに、性風俗というものを、

「後ろめたい目で見るというのは、

「男性であっても、女性であっても同じことである」

 ということであるが、

「男性が女性に対していうこと」

 と、

「女性が男性に対していうことであれば、元々の差別が思い出されるというものであるが、それを今の時代では、

「女性も男性においても、差別的な発言をしているということに、男女どちらの見方もできないということになるのではないだろうか?」

 このホテルで死体が発見された顛末というのはこうであった。これは、担当刑事が、ホテルの受付の人と、オーナーとをホテルのロビーで聞き取りをしていた時の話だった。

 このホテルの「ロビー」

 といっても。

「ただの狭い、待合室に毛が生えたほどだ」

 といってもいいだろう。

「昔の警察の取調室とどっこいではないか?」

 と、年配の刑事は、そう考え、苦笑いをするのだった。

「どうやって、死体を発見されたんですか?」

 と刑事が聞くと、

「はい、問題のお部屋は、305号室なんですが、その部屋は、ちょうど、フロントがあるところの真上に当たるところで、フロンとの真上が、2055号室になり、その上ということになります」

 ということであった。

「このホテルは、エレベーターを中心にして、

折りでから、

「奥に三部屋、手前に3部屋があるんですよ。部屋の同数は、アパートやマンションなどと同じで、末尾に4のつく数字はm部屋に使いません。

 だから、

「301号室から、303号室」

 が手前、そして、奥は、

「305号室から、307号室までが奥の部屋」

 ということになるということであった、

 だから、死体の見つかった

「305号室というのは、エレベーターを降りてから、すぐの部屋ということになる」

 ということであった。

「ご存じのように、ラブホテルですから、部屋から出るには、一度フロントを通さなければ出れない仕掛けになっています。

「フロントから、主導ロックがかかるようになっていて、基本的には、自動ロックで、

「部屋を出る」

 という行為をする時に、フロントから、手動で開けるということになるのであった。

 その話は、最初から分かっていたことではあったが、改まって聴かされると、

「当たり前のこと」

 と思えるだけに、次第に不可思議な気分になってくるのであった。

「305号室から出ようとすると、部屋から、内線でフロントに電話を入れ、

「今から出ます」

 というような内示を入れ、例えば、冷蔵庫などで何かを飲んだために、清算が必要だったりすれば、

「値段を言って、フロントに来るように話をする」

 ということであった。

 昔であれば、生産には、

「エアシューターなどを使っていた」

 という、

 それは、

「ホテルの人に顔を見られたくない」

 という人のために考えたことで、

「ホテルのスタッフも、なるべく客とは顔を合わせたくないということであろう。

 それを考えると、

「ホテルというのは、基本的に、客と顔を合わせないように、フロントでも、窓口は狭く、まるで、病院の薬剤部や、受付のような感覚になるといってもいいだろう:

 ということであった。

 ホテルというのが、

「客と顔を合わせない」

 ということなので、

「風俗店でも同じことで、客と客が、通路で顔を合わせないようにするということも行われている」

 特に、

「通路で、客と女の子が顔を合わせたとして、それが、その女の子の馴染みの子だったりすると、これほどばつが悪いということもないだろう」

「普段であれば、通路で遭った子を指名しているのに、今日はたまたま、他の子が空いていたということで指名した」

 ということであれば、少ししこりが残るだろう。

 もっとも、

「その子を指名しようとすると、すでに他の客に指名されていた」

 ということもあるわけで、

「それでも、厄介だ」

 ということになるだろう。

 そもそも、

「通路で顔さえ合わせなければ、別に気まずいことになるわけではないということであろう」

 実際には、今度はその子を指名しにくくなるわけで、

「馴染みの子を指名できないくらいだったら、他の店に行く」

 ということは普通にある。

 どうして、このようなことになったのかというと、

「通路で、鉢合わせなどということになりさえしなければ、問題が起こらずに済んだ」

 ということであった。

 風俗のスタッフというのも、そういう意味では、気配りがうまくできなければ、結構大変ではないだろうか?

「客と女の子」

 との関係は、

「それぞれにしか分からない」

 ということもあるだろう。

 しかし、それが問題ということになると、

「女の子も、まわりの人ばかりに任せてはいられない」

 ということになるだろう。

 それを考えると、

「ホテルのスタッフも、風俗店のスタッフも、どこか似たようなところがあるといってもいいのかも知れない」

 といえるだろう。

 今回の死体発見の顛末というのは、

「まず、305号室の部屋から、今から帰るという打診があったことで、いつものように、受付から、自動ロックを解除した。

 清算額もないことから、内線電話で、フロントの女性からは、

「ありがとうございました」

 という返事があっただけだった。

 フロントの方とすれば、

「てっきり、部屋から出て、そのままエレベーターで一階まできてから、フロントの前を通り過ぎて、駐車場の方に出ていく」

 ということを考えていたが、

 フロントの人も、

「最初に前金でお金を払って、そのままエレベータで部屋までいくのを、ほとんど見ているわけではない」

 しかも、

「顔は見てはいけない」

 ということで、

「客の方も、気を遣ってということか、まったく意識をしている様子はなかったのだ」

 ということであった。

「ホテルを出てから、男が、

「どこに行ったのか?」

 は不明だという。

 そもそも、

「顔を見ているわけでもなく、その男を特別意識していたわけではないので。気にならないというのは当たり前のことだった」

 ということである。

 しかし、

「あとで、防犯カメラを見れば分かるということ」

 ということで、

「そこに、犯人が映っているかも知れない」

 ということになるのかも知れないが、

 何よりも、

「そもそも、防犯カメラが何のためにあるのか?」

 ということで、もちろん、警察もホテル側も、

「まさか」

 と感じていることであるが、

「殺人事件が起こるなどということは、普通ではありえない」

 といってもいいだろう。

 それこそ、

「ありえないということを意識してしまっている」

 ということで、

「殺人事件どころか、自殺があったというのも、30年も前のことだったということではないか?」

 ということであった。

 警察がやってきたのは、22時少し前であった。

 物々しいパトランプにサイレンの音、客の中には、急いでチェックアウトしていく人もいた。

 フロントをジロリと睨んでいるが、どうしようもないことで、ホテル側も苦笑いをするしかなかった。

 お客さんには、

「運が悪かったと思ってもらうしかない」

 ということになるのだろう。

 客がゾロゾロと帰っていく時、フロントには刑事が入ってきていて、さっそく、部屋を開けてもらい、第一発見者と一緒に中に入ることになった。

 第一発見者は、掃除のスタッフであり、ホテルのオーナーも急いで駆け付けてきて、一緒に現場に向かったのだ。

 さすがにオーナーには落ち着きが見られたが、第一発見者である掃除のスタッフの顔は青ざめていた。

「こんなことは初めてですよ」

 といっていたが、オーナーとしても、自殺者があったことは知っていたが、

「まさか自分が?」

 と思ったことだろう。

 心の中では、

「人生の中で一度あるかないかというような事件がかつて一度あったのだから、もうないだろう」

 という、都合のいい考え方をしたとしても、それは無理もないことであろう。

 掃除のスタッフにすれば、

「殺人事件など、それこそ、テレビドラマの中でのことで、自分には関係ない」

 と思ったに違いない。

 昔、インフルエンザ委が流行って、全国的に、学校閉鎖などが頻繁だった時期、その人の学校では、ほとんど患者がいないということで、

「まるで、別世界での出来事」

 とばかりに、

「ニュースの方がウソではないか?」

 と感じるほどだったのだろう。

 それを思えば、今回は逆であり、

「どうして自分だけ」

 と思ったことだろう。

 だからこそ、警察が駆け付けてきて、喧騒たる雰囲気になったとしても、

「どこか他人事」

 という風に感じていたのである。

 そもそも、ここのホテルは、決してきれいでもなければ、人気があるわけでもない。風俗嬢には、

「あのホテルは嫌だわ」

 といわれているようで、その理由の中には、

「以前、自殺があった」

 ということを知っていて、納得の上で、嫌だと思っている人もいるだろうが、大多数は、「そんな30年も前のことなど知る由もない」

 とばかりに、聞いたとしても、本当に他人事のように感じることであろう。

 部屋の中に入ると、想像以上に散らかっているのが分かった。中はすでに、規制線が敷かれていて、部屋にはロックがかかるようになってはいるが、それでも、

「立ち入り禁止」

 の札が貼られていたのだ。

 中には誰もいなかった。表には、制服警官が立っていて、さながら、

「警備員」

 の様相を呈していたのだ。

 刑事と鑑識を見ると、直立不動のまま敬礼をするので、刑事や鑑識も、つられて敬礼をした。このあたりの規律は、警察としてしっかりしているということであろう。

「もちろん、発見した時のままということだろうね?」

 と刑事が警官に聴いたが、掃除スタッフがその横から、

「はい、もちろんです」

 と、先手を打つ形で答えた。

「それにしても、何とも汚いようにおもうんだが」

 と刑事がいうと、

「いえいえ、お客様が帰った後のお部屋というのは、こんなものですよ」

 といっていたが、実際に目を覆いたくなるようなものも散見された。

 部屋の作りは、入ってからすぐに狭い玄関があり、そこから入ってすぐの右側の扉があった。

 そこを開いてみると、目の前に洗面所と、その右側にはバスルーム。そして、その奥にはトイレがあった。

 その手前の狭い通路を通って中に入ると、真正面には、液晶テレビとその下に、冷蔵庫があった。右側にはダブルベッドがあり、その奥には、テーブルと椅子が、対面式に配置してあった。

 その向こうは窓になっていて、ラブホテル特有の、外が見えないように、木製の扉があり、その奥が、すりガラスのガラス窓となっていた。

 シーツはすっかりめくれていて、客がまぐわったという痕が、ありありというところであった。

 ホテル備え付けのガウンの一つが、脱ぎ散らかされていて、その横には、

「一番目を覆いたくなる」

 というべき、

「ホトケ」

 が、横たわっていたのだ。

 その遺体は、目をカッと見開いていて、いかにも、

「断末魔の表情」

 であった。

 まるで、歯ぐきから血が出てきそうなほどに食いしばった口からは、いかにも、

「モノ言わぬ死体」

 というものを物語っていたが、目だけはあらぬ方向を見つめていて、

「いかにも、無念さを表しているようで、その女がどういう女なのか分からないが、死んでしまえば、皆同じということで、哀れをさそい、思わず手を合わせる刑事と鑑識であった。

 ことが行われたのは明らかで、避妊具の中には、男性の、

「果てた痕が歴然」

 であった。

 刑事が、

「部屋を汚い」

 と思った一番の原因がそこで、しかも、

「部屋に入ってからすぐに気が付いたのが、その、情事の痕跡」

 であった。

 刑事はただ、あからさまな状態に、吐き気に近いものを覚えていたが、オーナーは、さあすがに、

「おや?」

 と感じていた。

 というのも、

「あまりにもあからさますぎる」

 と感じたからだった。

「この人が、この部屋に入ったのが、午後7時くらいということですか?」

 と刑事がいうので、

「この刑事さんは、デリヘルというものを知らないのではないか?」

 と思ったオーナーは、

「そのつもりで話をする必要があるな」

 と考えた。

「いえ、先に男性の方がチェックインして、あとから女性が来られました」

 とオーナーがいうと、刑事はやはり怪訝そうな表情となり。

「そういうことはよくあるのかい?」

 と聞くと、

「ええ、そういう業界でのお客様は、まず男性がお部屋に入ってから、女性がやってくるというのが当たり前になっていますね」

 というので、

「そういう業界というのは?」

 と刑事が聞くので、オーナーも、

「やはり、刑事さんはこういう業界に疎いんだ」

 ということで、

「デリヘルといわれる風俗業ですね」

 というと、

「ああ、聞いたことはありますが、こちらでも、そういう業界の方が多いわけですか?」

 というので、

「ええ、逆にデリヘルをご利用されるお客様の方が多いといってもいいでしょうね。だから、最初に男性の一人客というのは、今では当たり前になっています」

「なるほど、あとから女性がその部屋を訪れるというシステムですね?」

「ええ、そうです」

 というので、

「じゃあ、この女性も風俗嬢ということでしょうか?」

 と刑事が聞くと、

「一概には何とも言えません。中には稀に、お仕事の関係なのか、別々にお越しになるお客様もおられますからね」

 ということであった。

 不倫などであれば、

「一緒にいるところを見られるのを憚る」

 ということもあるかも知れないが、敢えてなのか、オーナーは、そのことに言及することはなかった。

 部屋には、死体があるだけだった。最初に入ったというべき男性は、その場所にはいなかった。

 それを考えた時、刑事は、

「おや? 男性がいないじゃないか? フロントで聞いた時は、一度中に入れば、部屋から内線でフロントに、退室の申告がなければ、外には出られないのでは?」

 ということであったが、刑事はあることに気が付き、奥にある扉に近づいて、木の扉と、奥のガラス戸を調べていた。

「なるほど、ここからは出られないわけだ」

 ということで、ガラス戸が、途中までしか開くことができず、そこから部屋を出ることができないということが分かった。

「万が一、出ることができたとしても、隣のマンションの壁が相当迫ってきているので、そこから下に降りることは不可能ですね」

 と刑事は言った。

「ええ、その通りです。ここから出られてしまっては、せっかく部屋への玄関扉のロックを掛けても、意味がありませんからね」

 ということであった。

 部屋から簡単に出ることができれば、追加料金をちょろまかすということもできるということだ。

 もっとも、そんな危険を犯してまで、そこまでするかどうかというのは、別問題だと感じてはいた。

「じゃあ、この部屋は密室だったということかな?」

 と刑事が聞くと、

「いえ、そんなことはないですね」

 とオーナーが言った。

「これは、もちろん、想像でしかなく、可能性の問題なんですが」

 と前置きしたうえで、

「デリヘル業界ならでは」

 ということになるかも知れないですね。

「というと?」

 と刑事は、興味津々で、前のめりになっていた。

「入る時は別々なので、出る時も別々というお客様もいるということです」

 という。

「どういうことなのかな?」

 刑事は、まだ分かっていないのか、それとも、

「分かってはいるが、念のために聴こうとしているのか?」

 ということであろう。

「お部屋は、休憩時間で使用される場合もありますし、ホテルのサービスとして、長時間のフリータイムを利用される場合もあります。宿泊もあるわけで、10時間以上のフリータイム時間というのも普通にあります」

 という。

「それで?」

「でも、デリヘルなどのサービスは、通常は長くても3時間くらいしかないでしょう。もちろん、お客様の中には、時間を組み合わせて、長時間にする人もいるでしょうが、相当な金額になります。なかなかいないと思うんですよ。それに、、そういうお客さんは、うちのようなホテルではなく、シティホテルのような、しゃれたところを使うでしょうからね」

 というのであった。

 刑事も、それに関しては、まったく異論がないようで、

「うんうん」

 と頷いていた。

「ということは、時間が満了すれば、女性が先に帰るというわけですね?」

「ええ、そうです。デリヘルというのは、派遣で、次から次に、範囲内の場所に、派遣されていくわけですから、時間も大切ということで、送迎の運転手が、駐車場で待っていることも多く、女の子は、次の時間帯が埋まっていれば、すぐに移動を余儀なくされるので、さっさと出てきて、そそくさと送迎者の乗りこむということが多いわけですよね」

 というのだ。

「じゃあ、今回も?」

「ええ、そうですね、フロントの人の話では、確かに、305号室から、

「一人出るという連絡があったということです」

 といってから、オーナーは、

「苦虫をかみつぶしたような表情」

 になったのだった。

 その表情を刑事は見逃さず、

「何か?」

 と聞くと、

「いえね、発見したのが掃除のスタッフなんですよ。その発見が、一人出るといってから、10分も経っていないということだったんですね」

 というのを聞いて、

「それが?」

 と、刑事も何が言いたいのか考えていた。

「確かに、女性が出てから、男性がすぐに出るということは珍しくはないんですよ。わざと、別々に出るという形をとる人もいますからね。だけど、今回は、そのことが、実際の状況を裏付けているようで、それが、どうも気になるというか」

 とオーナーは、奥歯にものが挟まっているかのようだった。

 刑事も、若干のいらだちを感じながらも、大いに興味を持ち、次の言葉を待った。

「10分くらいというのは、そんなにあわただしいわけではないんですがね。だけど、普通は、男性も、女性が身支度をしている時に、一緒に自分も帰る準備をしているから、10分という時間で出ることができるわけです。しかし、今回は、被害者が殺害されているとだけでなく、部屋が異様に散らかっているということが気になりましてね」

 という。

「そんなにおかしなことなのかな?」

「いえ、あくまでも、私の勘ということで申し訳ないんですが、違和感というところだと思っていただければ幸いです」

 というのだった。

 よくは分からなかったが、刑事には、

「オーナーが、部屋が散らかっているということに、何らかの違和感を感じていて、それが一番気になることだ」

 ということは分かったつもりだったのだ。


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