第35話── 「火の晩餐会」

「ここじゃ、話せねぇ。」


老人・ニシノは、焼け跡の鉄橋の下にユリとリクを招いた。髪も髭もぼさぼさで、ぼんやり笑っているように見えるその目だけが、なぜか異様に澄んでいた。


「お前ら、“マリア”の話を聞きたいんだろ?」


リクは頷き、ユリが写真を差し出した。ニシノはそれをじっと見つめると、にやりと笑った。


「この女……昔、〈火の晩餐会〉の司会者だったよ。」


「火の晩餐会……?」


「この街じゃ有名だったよ。地下で開かれる密会。参加者は皆、嘘の遺書を書いて、それを朗読し合う。ただし、最後の一文は“燃やされる者に捧ぐ”と締めるのが決まりだった。」


ニシノの語る内容は、まるで都市伝説のようだった。


「遺書を読むたび、誰かの秘密が消えて、誰かが燃える。ある夜、“笑う仮面の司祭”が登場してから、会はどんどん過激になっていった。」


「それって……“火が笑う”って呼ばれてた存在?」


「ああ。そいつの名前は“マリア”だよ。」


ユリは思わず息を呑んだ。


「でもマリアは女性だったはず。なぜ仮面の“司祭”なんて……」


「名前なんて、燃えれば同じさ。」ニシノの目が、炎のように細められる。「その晩餐会ではな、誰かが“本当の遺書”を書きそうになると、“火の裁き”が下された。燃えるのは、真実だった。」


沈黙が降りた。


「俺は、一度だけ見た。火の中で笑ってたマリアを。仮面なんてつけてなかったよ……あの夜は。」


「それは……いつ?」


「十年前だよ。お前らの先生が、息子を“殺した”とされた、あの年だ。」


ユリの心がざわついた。事件は“火の晩餐会”の終焉と同じ年に起きていた。


「なあ……お前ら、本当に知りたいのか? “火が笑ってた理由”を。」


リクとユリは、黙って頷いた。


ニシノは笑った。


「なら、行くといい。“灰の道”の先に、あいつの最後の晩餐が眠ってる。」

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曇天の下で火は笑う イングリッシュティーチャー翔 @story79

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