第34話── 「写らなかった女」

ユリは焼け残った写真をライトに透かしながら、唇を噛んでいた。写真の中央には確かに三人が写っている。だが──どこか、違和感がある。よく見ると、三人目の女性の顔にだけ、焦げたような黒い染みがかかっていた。


「……偶然焼けたにしては、不自然すぎない?」


リクは無言で頷きながら、写真の裏を指でなぞった。油性ペンで書かれていた文字が、かすれて浮かび上がる。


“マリア=記録されざる声”


「マリア……誰だ? タカシの知り合い?」リクが首を傾げると、ユリは目を細めた。

「その名前……『嘘の遺書』第1期で、たった一度だけ出てきた人物よ。“遺書を書くための指導者がいた”って。」


そのとき、録音室の壁が風に揺れ、隠し扉のように動いた。リクが慎重にそれを開くと、黒く塗られたボードが出てきた。そこには赤と白のチョークで、こう書かれていた。


【記録に残すな。写るな。語るな。笑え。】


「……命令文? マリアが“遺書作成者”たちに課していたルールなのか……?」


ユリがボードを読み進めると、文字の下に描かれた一枚のスケッチに目が止まった。

それは──笑っていた。燃える街の中央で、仮面をかぶり、腕を広げる人物の絵。


「……この人、笑ってる。火の中で。」


「“火が笑っていた”って、ずっと誰かの比喩かと思ってたけど……」

リクの声が震えた。「本当に“笑っていた誰か”がいたんだな。」


ユリは写真をもう一度見た。その焦げた女の顔は、意図的に消されたようだった。


「“写ってはいけない人”だったんだ。この街の記録にも、遺書にも、誰の記憶にも。」


「記録されざる声、マリア……」リクは低く呟いた。


その瞬間、録音機が再び動いた。断片的な声が流れる。


「……マリアが消された夜、火は喜んでいた。街は口を閉ざし、誰もが“それ”を見なかったことにした……。」


外の空は曇天。けれど地下室の灯りは、静かに揺れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る