第5話、お小遣い3千円!
エピローグ:輝ける(わたしの)未来設計…と、幻の再会、そして…?
あの怒涛の婚約指輪購入劇から数ヶ月。わたしと健太は無事に結婚式を挙げ、夢のような(?)新婚旅行から帰国し、ようやく落ち着いた新婚生活をスタートさせていた。
そして、我が家の経済状況はというと…。
「はい、健太様。今月の『生活維持費』でございます」
わたしは、きっちり枚数を数えた数枚の千円札を、恭しく健太の前に差し出した。
健太は、どこか遠い目をして、しかし神妙な面持ちでそれを受け取る。そう、あの日、あの宝石店で「終わらない返済プランこそマリッジリングの真骨頂!」という名言(迷言?)を浴びせられ、魅惑のリボ払い契約にサインした瞬間から、我が家のヒエラルキーとキャッシュフローは、劇的かつ恒久的に変化したのだ。
財布、カード支払い、資産運用に至るまで、全ての実権を掌握したわたし!(笑)
あの「愛の継続手数料」とやらを含む、毎月のカード支払いは、当然のようにわたしの厳格な管理下に置かれた。そして、それに伴い、健太の給与も、一度わたしの「愛と戦略の家計金庫」を経由し、厳正なる査定の後に再分配されるシステムが確立されたのである。フフフ、これぞ宇内透子さん(かもしれない誰か)直伝「人生最適化戦略」の第一歩!
「今月も…ありがたく…頂戴いたします…」
健太は、どこか諦観を漂わせながらも、もはや儀式のように丁寧にお辞儀をする。
完全管理・絶対服従型お小遣い制度、爆誕!(笑)
そう、健太は月々のお小遣い制になったのだ。その額は、わたしが毎月の家計簿アプリと、エクセルで作成した「アニバーサリー・ダイヤモンド・ロードマップ進捗管理表」、そしてあの販売員の「ありがたいマーケティング戦略」を参考にしながら、総合的に、かつ戦略的に決定する。
「ねえ、健太。今月の『ベーシックインカム』、いくらにしましょうか? あの謎のカリスマ販売員さんのご提案だと、たしか『3年目の忠誠の再宣誓』までは、月3千円が『推奨ミニマムライン』でしたわよね?(笑)」
わたしが悪戯っぽく、あの販売員風の口調で言うと、健太は「そ、それだけは! それだけはご勘弁を…! 最低でも、コンビニのプレミアムスイーツを買う自由を…!」と本気で懇願してきた。アハハハハ! あの販売員が言っていたのは「交際3ヶ月記念で3千円くらいのプレゼント」だったはずだけど、いつの間にか月々のお小遣いの最低保証ラインみたいに脳内変換されている我が家、面白すぎる! あの人の言葉は、もはや我が家の聖書!
月極め、いや、もはや『月貢ぎ』お小遣い!(笑)
結局、さすがに3千円では健太の「自己肯定感」が著しく低下しかねないので、もう少し色をつけてはいるけれど、それでも彼が自由に采配できる金額は、独身貴族(本人はそう思っていたらしい)時代とは比較にならないほどスリム化された。しかし、文句は一切言わせない。なぜなら、これは「愛の継続手数料」を滞りなく支払い、「アニバーサリー・ダイヤモンド・ロードマップ」という名の人生の勝ち組街道を爆走するための、聖なる原資なのだから!
「大丈夫ですわよ、健太様。ちゃんと『年貢』…じゃなくて、『戦略的アニバーサリー投資』のためのお積み立ては、別途、特別会計にて厳格に管理しておりますから、ご安心あそばせ!」
わたしがあの販売員ばりの優雅な笑みを浮かべてウインクすると、健太は苦笑いを浮かべながらも、どこかホッとしたような、そして若干怯えたような顔をする。可愛いところもあるじゃない。
あの婚約指輪を見るたびに、わたしはあの日の爆笑と、あの販売員の強烈にして論理的(?)なセールストークを思い出す。そして、薬指に輝くその「甘美なる拘束の証」は、今やわたしにとって「家計掌握の絶対王政樹立の証」でもあるのだ。
「結婚って契約なんですよ! そして契約には、常に有利な条件交渉が不可欠!」
「指輪リングとは拘束の意味もございます笑。ただし、どちらが主導権を握るかは、戦略次第!」
「定期的に更新料を払わなくてはいけません。ええ、旦那様から奥様へ、感謝と忠誠の証として!」
「終わらない返済プランそのものこそ!マリッジリングの真骨頂! そして、その返済計画を立案・管理する者こそが、家庭の支配者となるのです!」
あの販売員の言葉は、ある意味、寸分の狂いもない真実だったのかもしれない。ただし、その「契約」と「拘束」と「返済計画」の全てにおいて、圧倒的優位なポジションを確保したのが、わたしだったというだけの話。名も知れぬ(いや、宇内透子という、一度聞いたら忘れられないインパクト絶大な名前だったはずだが…)カリスマ販売員さん、あなたのおかげで、わたしは人生の勝ち組です!
「さて、来月の『生活維持費』はどうしましょうか~? 『愛の継続手数料』の利率変動や、『ダイヤモンド市場の最新動向』によっては、若干の減額、あるいは『週末の家事代行フルサービス+肩たたき券30分』も検討しなくてはなりませんわね!」
わたしの言葉に、健太は「ヒィッ!」と小さな悲鳴を上げ、慌ててわたしの肩を、それはもう心を込めて優しく揉み始めた。フフン、よろしい、実によろしい。
うん、わたしの(超絶エンタメで、しっかり実利も伴い、かつちょっぴりSMチックな)結婚生活は、今日も絶好調だ。
あの販売員さん、もし本当に実在するなら、今度お会いできたら、お礼に最高級の洋菓子詰め合わせと、我が家の「輝ける未来設計図ver.2.0」のプレゼンでもして差し上げようかしら。彼女のおかげで、わたしは最高の「戦略的パートナーシップ契約」を手に入れたのだから。
…と、思っていた矢先のことだった。
結婚式のアルバムを見返していた時のこと。チャペルの片隅、ゲストに紛れるようにして、しかし明らかに異質なオーラを放つ女性の姿が、小さく写り込んでいるのを見つけてしまった。
仕立ての良い、しかしどこか見覚えのあるフォーマルなダークスーツ。鋭い眼光、そして何よりも、あの独特の、目は笑っていないのに口元だけがプロフェッショナルな微笑みを浮かべている表情…。
「…え? …うそ…」
わたしは思わず声を上げた。健太が「どうしたの?」と覗き込んでくる。
「こ、この人…! まさか…! あの時の…宇内さん…!?」
わたしは震える指で、その人物を指差した。写真の中の彼女は、なぜか新郎新婦ではなく、教会の豪華なステンドグラスをうっとりと眺めているように見える。…いや、違う。その視線の先にあるのは、ステンドグラスに反射する、別のカップルが試着しているウェディングドレス…!?
「あーーーーーっ! やっぱり宇内透子さんじゃないっ!?」
わたしの絶叫に、健太も写真を覗き込み、そして絶句した。
「う…宇内…透子…さん…? なんで結婚式場に…? 俺たち、あの人にだけは招待状送ってないはずだよな…?」
間違いない。あの全国トップセールス、宝石全国模試1位(自称?)、そしてリボ払いの伝道師、宇内透子その人だ! なぜ彼女が私たちの結婚式に!?
次の瞬間、わたしの脳裏に、ある可能性が稲妻のように閃いた。
まさか…あの人…!
わたしは慌てて、結婚式の費用の明細書を引っ張り出した。ウェディングドレス、タキシード、会場装花…そして、隅の方に小さく書かれた「ブライダルコンサルティング料(特別プレミアム・エターナルプラン)」の文字。担当者の名前は…「U.T.」…イニシャルだ!
「まさか…! あのウェディングドレスの打ち合わせの時の、やけに話が分かる、そしてやたらと『ご結婚は、お二人の人生における最も重要な『無形文化財』への投資!ここで妥協なさる方は、将来必ずや『機会損失』という名の深い後悔の念に苛まれることでしょう!』って、天文学的な金額のプランを、さも当然のように、そして有無を言わさぬ迫力で勧めてきた、あの超絶敏腕すぎる女性プランナーさん…あれもしかして…!」
そういえば、あのプランナーさん、やけに「このドレスは、お二人の『永遠の愛という名の契約』を、より強固に、より美しく、そしてより『高付加価値』なものへと昇華させるための『聖なる神器』ですわ!」とか、「この純白のベールは、花嫁様をあらゆる俗世の誘惑や悪意ある視線から守り抜く『絶対防御の結界』! オプションで『対魔力・対浮気・対浪費癖効果増幅プラチナシールド・ダイヤモンドコーティング加工』も可能ですわよ! もちろん、リボ払いで!』とか、どこかで聞いたような、いや、確実にあの宝石店で、そして悪夢の中で聞いたフレーズを連発していたような…。
わたしと健太は顔を見合わせた。そして、同時に戦慄と共に理解した。
あの人…! 宝石だけでなく、ウェディングドレスまで売りつけていたんだ…! しかも、おそらく「系列販売員全国1位」どころか、「ブライダル業界の影の支配者」的な実力を遺憾なく発揮して!
後日、どうしても気になったわたしは、意を決して、あの宝石店の本店と思われる代表番号に電話をかけてみた。
「あの、恐れ入ります。以前、そちらの店舗で宇内透子さんという方に大変お世話になった者ですが…」
すると、電話口の丁寧な口調の女性は、少し困惑したようにこう答えた。
「うない…とうこ…でございますか? ……(長い沈黙の後)……申し訳ございません。そのような名前の者は、当社の全従業員リストにも、過去の在籍者リストにも、それどころか、取引先のリストや、出入り業者のリスト、果ては創業以来の株主名簿に至るまで、一切見当たらないのですが…どちらの店舗の者でしょうか? もしかして、お客様、何かの…夢でもご覧になっていらっしゃったのでは…?」
「え……? い、いません…ですって…!? 夢…ですって…!?」
わたしは電話口で凍りついた。そして、背筋を冷たいものが走った。
そんなはずはない。あれだけ強烈なキャラクターで、あれだけ鮮烈な記憶を私たちに刻みつけた宇内透子さんが、存在しない…?
では、あの宝石店で、そして結婚式場で見かけた(かもしれない)あの女性は、一体誰だったというの…?
もしかして、わたしと健太は、集団で幻覚でも見ていたとでもいうのだろうか?
それとも、彼女は、ある一定の「カモにできそうな」条件を満たしたカップルの前にだけ現れる、伝説のセールスの妖精か、あるいはサキュバス的な何か…?
「…なあ、もしかして、俺たち、とんでもない都市伝説に巻き込まれたんじゃ…それか、何かの社会実験の被験者に…」
健太が、本気で怯えた顔で呟いた。
「…あり得る…」
わたしはゴクリと喉を鳴らした。宇内透子、恐るべし。いや、もはや「宇内透子とは何だったのか」という、コズミックホラーの領域に足を踏み入れたような気分だ。
でも、まあ、いっか!
たとえ彼女が幻だったとしても、彼女(らしき人物)のおかげで、私たちは最高の婚約指輪と、最高のウェディングドレス(と、最高のエンタメ体験、そしてちょっぴりスリリングで背徳的なリボ払い)を手に入れたのだから!
そして何より、わたしは「家庭内における絶対的経済支配権と精神的優位性」という、何物にも代えがたい『無形文化遺産にして最強の権力』を獲得したのだ。
謎のカリスマ販売員、宇内透子(仮)。
もし、あなたが本当にこの世のどこかに存在するのなら、いつかまた、私たちの前に現れて、新たな「人生の真理」と「最高の契約プラン」を提示してくれることを、心のどこかで期待している。
そして、その時はこう言ってやるわ。
「あら、宇内さん(仮)? またお会いできて光栄ですわ。ところで、次の『人生のステージアップ・プレミアムパッケージ・リボ払い天国コース』、もちろん『超絶お得な無金利(ただし手数料は別)』でご提案いただけますわよね?(笑)」
わたしの(宇内透子イズムをこっそり継承した、超絶エンタメで、しっかり実利も伴う)結婚生活は、これからもきっと、予測不能な刺激と、底抜けの笑いに満ちあふれていることだろう。
ありがとう、宇内透子さん(かもしれない誰かさん、あるいは何かの概念)! あなたは永遠に、わたしの人生のトップセールスレディ(であり、最高のミステリーにして、ちょっぴり怖い思い出)よ!
そう思って、日々の喧騒をこなし、ある日の夕方。
仕事帰りの満員電車に揺られていた、まさにその時だった。
ふと、隣に座った女性の気配に、なぜか既視感を覚えた。
何気なく横目で盗み見ると、そこには…
仕立ての良い、しかしどこか見慣れたビジネススーツ。
膝の上に置かれた、見るからに高級そうな革のブリーフケース。
そして、窓に映るその横顔は…口元だけが、あのプロフェッショナルな微笑みを浮かべているように、見えた。
まさか…。
わたしは、心臓が跳ね上がるのを感じながら、恐る恐る、その女性に声をかけようとした。
「あ、あの…もしかして…」
その瞬間、女性はゆっくりとこちらを向き、そして、あの、目は全く笑っていない、しかしどこか全てを見透かすような鋭い眼光で、わたしをじっと見つめ…小さく、こう呟いた。
「…フフッ…次の『駅』は…どちらまで…?」
…宇内透子ぉぉぉーーーーーっ!!!???
わたしの心の中の絶叫は、電車の騒音にかき消されたのか、あるいは、また新たな「契約」の始まりを告げるゴングだったのか…。
それは、まだ、誰にも分からない。
完
次の更新予定
30日ごと 06:00 予定は変更される可能性があります
「結婚ってお金!」 志乃原七海 @09093495732p
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