壊れた彼女とアンドロイド

私は、駆け下りた。


階段から足を踏み外す勢いで、何度も転びかけながら。

心のどこかで、わかっていた。けれど信じたかった。


彼女は、無事だ。

きっと無事だ。

私が話しかければ、ユイはきっと、笑ってくれる。

「えへへ、落ちちゃった」と応えてくれる。


今度は、手を繋ごう。

そうすればきっと、落ちなくて済む。

何処へ行くにも。手を繋ごう。

そうすれば、きっと。

きっと。


階段を降りきった私は見た。


地面に倒れる、壊れた人形のようなユイの身体。


手足は、あり得ない方向に折れ曲がっている。

関節ではなく、骨が砕け、ねじれ、崩れていた。


だが、何より。


首がなかった。


そこにあるべき輪郭がなく、代わりに赤黒い断面があった。

地面に転がる「それ」を、私は無意識に手に取っていた。


「こんな……こと……」


「認められない……」


「これは……これは、嘘……嘘に決まっている……!」


震える手で、彼女の頬に触れる。

温度がある。弾力がある。質感がある。

記録通りの彼女の皮膚。


「ユイ?」


呼びかけても、返事があるはずなどない。

これが人間ならば、もう生きていられるはずがない。

生きていたら、人間ではない。


けれど。


「えへへ、落ちちゃった」


その言葉は。

私が触れる、彼女の頭部から発せられた。


にこりと笑うその顔は、まるで恥ずかしがるように照れていて。

私は思わず、口を開く。


「ぎゃああああああああああああああああ!!!!」


絶叫が、静かな神社の空に響いた。








リルシアの私室。

任務終了の報告を送信しようとした直後、緊急アラームが鳴り響いた。


「……何事かしら?」


通信を開くと、モニタにアップで担当者の顔が表示される。


「リルシア!リルシア!リルシア!リルシア!」


彼女は通信がつながっていることに気づかず、パネルを連打していた。


「連打しないで。サンゴ、落ち着いて」


私が名を呼ぶと、ようやく彼女がこちらを見た。

その目は、恐怖と混乱に揺れていた。


「壊れちゃった!」


「なにが?」


「ユイが!!」


カメラの前に、頭部が映された。

ユイの顔。

微笑む彼女は「えへへ」と照れる。


「なおして!リルシア!なおして!」


「落ち着きなさい。今、処置するから」


私は即座に、サンゴの部屋にある秘密の装置を遠隔起動する。

数秒後、モニタの向こうに白い霧が部屋に噴き出された。


「……さいみん?ガス?ど、して……」


サンゴの声が消えていく。

ゆっくりと、その身体が床に崩れ落ちた。


そして。


画面の向こうには、微笑むユイだけが残された


「バレちゃいました」


まるで、いたずらを打ち明ける子供のように。

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お姉ちゃんは壊れてなんかない! ルノ @runoex

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