天国への階段
翌朝。
私たちは、神社の前に立っていた。
長く伸びる石段が、静かに丘の上へと続いている。
朝の空気は冷たく、湿った土と苔の香りが漂っていた。
ユイは隣で、いつも通りの笑顔を浮かべている。
「いこ!」
その一言に、私は無言で頷いた。
一歩。
二歩。
石段を踏みしめるたび、膝にわずかな負荷が走る。
三歩。
四歩。
(私は……ここを、登ったことがあるのだろうか)
五歩。
六歩。
ユイは少し遅れて、後ろから私についてくる。
落ちると危険だ。手を繋ぐべきか。
七歩。
そう、あの時も。
私はそう判断したのだ。
八歩。
九歩。
彼女の手を。
十歩。
十一歩。
笑顔で。
十二、十三、十四、十五。
テンポよく、リズムを刻むように。
足元の石がずっと続いていく。
景色が上へ、上へと引き上げられていく。
それが楽しくて。
十六、十七、十八、十九、二十。
二十一、二十二――
(そうだ)
(私は、彼女とここを登った)
あの時の息切れ。
その苦しささえ、どこか楽しかった。
階段を制覇する、達成感。
2人で登ったことの、共有感。
私も彼女も、息を切らしていたけど。
けど、とても楽しくて。
嬉しくて。
愛おしくて。
私は確かに彼女に伝えた
「大きくなったら、結婚しようね」
「約束だよ」
はっと気づくと、私たちは階段の一番上にいた。
目の前には、木造の社と錆びた鳥居。
変わらぬ風景が、ただ静かに存在していた。
ユイが隣で、笑顔を向けてくる。
「子どものころに比べたら、疲れなかったね」
私は、その笑顔を見つめながら思った。
(なぜ……忘れていたのだろう)
言葉が口をついて出そうになる。
「私は――」
その瞬間だった。
足元で、石が小さく崩れた。
片足が段差を外れ、私は体勢を崩す。
重力が一気に背中を引く。
視界が傾き、階段の底がゆっくりとこちらへ迫ってくる。
だが、私は計算する。
この高度ならば、私の素体なら損傷はあっても致命的ではない。
機能停止には至らない。
(良かった……ユイでなくて)
そう、安堵しかけたとき。
「おねえちゃん!!」
その声とともに、私の腕が引かれた。
強い力。
重力に抗う力。
誰よりも非力なはずの少女の、その引き絞るような力に。
私は、階段の端に倒れ込む形で止まった。
――だが。
――彼女は。
私の代わりに、落ちた。
その光景を、私は処理しきれなかった。
目の前で、私を助けようとして。
私のために、彼女が階段を転げ落ちていく。
あの笑顔が、あの温かさが。
今、この手の中に、もうない。
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